如何にして、コレに至るか

と、手前にあった半透明のゴミ袋に付箋がつけられているのに気づいた。

よくよく見れば、ゴミ袋一つ一つにつけられているようだった。

なんだろうと、一歩近づくのは当たり前。
付箋には、日付が書かれていた。

手前から、12月29日、12月25日、12月22日、12月18日。奥の方は、11月20日、11月17日だったりと、月日が書いてあるから日付だけど、関連性がまったく分からない。

ゴミ袋に日付をつける意味さえも。ゴミ袋の口を結び、ここに置いた日付?

首を傾げそうになっていれば、冷蔵庫が目に付いた。どこにでもあるグレーの冷蔵庫。どこの家でもそうであるように、冷蔵庫にはマグネットで何か貼ってあるものだ。

買い物のメモだったり人それぞれだけど、ここの場合はゴミ出しカレンダー。

4月から一年間。私もよく目にするそれ。地区によってゴミを出す日が決められているのは言わずもがな。燃えるゴミの日が月曜日と木曜日になって。

「え……」

私の住んでいる地域と同じ。
いや、そもそも、このゴミ出しカレンダー、私の住んでいる地域の物じゃないか。

この家、もうしかして、私の住んでいる場所の近く?

そんなことってあるのか。外を見れば分かりそうなものだけど、そうだ、ダイニングの窓を!

転機でも見つけた気分だった。
早速、行動に移そうとし、あることが過ぎる。

月曜日と、木曜日。
燃えるゴミの日。

私と同じ、ゴミを、出す、日。

「……」

日付の入ったゴミ袋。
カレンダーと見比べる。関連性がないと思えど、分かってしまえば至極当然の日付が当てはまった。

日付は全て、月曜日と木曜日。
ゴミ袋に相応しい燃えるゴミの日だけど、なんでそれが、ここにある。

『捨てられない理由があるから』

先ほどの何気ない考えが頭を過ぎる。
捨てられない理由なんか知らない。ゴミは捨てるものだ。現に私は、“毎週ゴミを出している”。

出していた。欠かさずに。
出せば、ゴミ収集車が持って行くと、“見届けなくても確信していた”。

ーーなのに。

12月25日。前日のクリスマスイブで食べたケーキ。宮本さんと一緒に食べた市販のケーキの箱が、半透明の袋から見えた。

「ちがう、ちがっ」

ケーキなんか誰でも食べる。箱も捨てる。
ゴミはどこの家庭でも出るんだ。生ゴミも、ティッシュも、お弁当の空箱も、着れなくなった服も、破けてしまったタイツも、市販の髪染めも、化粧品のサンプルも、ナプキンもーーっ!

「うっ、つぅ」

壁を背につけながら、へたり込む。
口を塞ぎ、泣いた。

声を押し殺せないから、手で覆う。腕を噛むほど、無理に声を殺した。

頭が、どうにかなりそう。

半透明のゴミ袋から、見覚えあるそれらに、追い詰められる。

見なきゃいいのに、見てしまう。
何かの間違いだと、信じたくなくて。

何日にどのゴミを捨てたのかは覚えていなくても、さすがに当てはまり過ぎた。

全部、私の私物だ。
要らなくなって、捨てた物なのに。

「もう、や、だぁ」

退行したかのように泣く。
泣いて、三秒もしない内に落ち着けと理性が叱咤してきた。

泣くな、声を上げるな、止まるな。
“誰か”が来るぞ。

ーー“こんなことをする誰かが、来るぞ”。


「っ、う」

壁に手を当て、立ち上がる。
恐怖で動けなくなったのに、脅威で突き動かされるこの嫌な循環を繰り返す。

「窓、窓……」

頼みの綱。蜘蛛の糸のように細い希望。
ダイニングの窓には、カーテンがかかっていた。森林をイメージした、黄緑色の布地に、新緑の木の葉の模様。

本当に、どこにでもある家庭だ。
家族団らんの声すらも聞こえてきそうなのに、空気清浄機の稼働音のみしかしない。


カーテンを捲る。
窓があり、その先には黒い壁。

平らではなく、蛇腹を広げたような溝が入ったそれはシャッターだった。

外からシャッターが降ろされている。
窓の鍵に指をかける。力を入れる。びくともしない。

経験済みのことだ。この錠にも“てり”がある。先と違い間近に見て、確信した。

接着剤で固定されている。

「そん、な」

窓を叩いて破りたい気持ちに駆られる。八つ当たりと脱出も兼ねて。

思いとどまったのは、窓を壊した先にあるシャッターが開くのかと疑問を持ったから。

試さずとも、十中八九無理だろう。
窓に目張りや接着剤、玄関に南京錠を五つもつけている奴が、シャッターを易々と開けられるようにしているとは思えない。接着剤はもとより、溶接でもしていそうだ。

窓は壊せる。ダイニングの椅子でもぶつければ。けど、シャッターは?

椅子をぶつけたぐらいで破れるだろうか。自問し、自嘲すらもしたくなった。

頼みの綱が切れる。次の糸探しすらも、本当にあるのか定かではない。

脱出口が見当たらない。最初の部屋に引きこもり、現実逃避をしたいけど、キッチンにあるゴミ袋で現実に引き戻される。

“あんなことをする誰かが、いる”

何をされるか。想像つきそうで、実際はそれ以上酷(むご)いことなのだろう。その先は想像もつかない、したくない。

逃げなきゃいけない。何としてでも。

ポケットのバタフライナイフを、無意識の内に握っていた。

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