噎せかえる程に甘いその香りは

部下曰く、二人の親密なデートが目撃されているだとか、泣いている彼女を副社長が宥めていただとか…。


ウチの副社長。

社長の息子で、次期社長になる男だ。

俺より五歳ほど年上なだけだが、一時期社長が体調を崩された時から業務の実質は副社長が肩替りしていると聞いたから、多分仕事は出来る人だ。

年功序列の風潮から実力主義へと会社を変え始めたのもこの人で、俺が課長になったのもこの人の方針ありきといっても過言ではない。

見た目は同性でも羨ましいなと思う程の長身。
少し垂れ目勝ちの甘いマスクの優男で、女性の目からすればまさに王子様って所か。

―――でも。

彼には恋人がいた筈だ。

相手は結構名の知れた大手の企業のご令嬢。

二人は幼馴染で、家族ぐるみ、公私共に親しい付き合いがあり、当たり前のようにゆくゆくは結婚するだろうという噂まである。

そんな男との噂。

確かにまだ副社長は結婚している訳じゃないから『不倫』とは言えないかもしれないが―――…

基本、俺は生真面目な性質なのだろう。

恋人がいるにも拘らず他の女にチョッカイを掛ける男にも、恋人がいる男に横恋慕する女にも嫌悪に似た不快感をうっすら覚える。

でもやっぱりそれ以上に、そんな未来も見えない辛い恋愛に身を投じる水守さんに同情を禁じ得ない。

まだ若くて可愛くてイイ子なんだから。

そんな苦い恋愛じゃなくてももっと楽しくて幸せな恋愛は幾らでもあるのに……。


部下には、あくまで噂なんだからあんまり大ぴらに騒ぎ立てるなよ?と釘を刺してその話は仕舞った。

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