噎せかえる程に甘いその香りは
それからまた半年、仄と関係を持つようになって一年が過ぎた。
最近珍しく、香澄の夢を見た。
夢の中の香澄はいつも何か言いたげで彼女らしくもない悲しげな顔でじっと俺を見詰めている。
俺は手を伸ばし彼女を掴もうとするけれど、掴む事は出来ずに足掻き、何度焦燥と共に現実に引き戻されただろう。
その日―――俺は初めて手を伸ばさなかった。
『ゴメン、香澄。ずっと香澄だけを愛するって約束したのに、守れそうにないや。』
生涯愛するのは香澄だけだ。
そう言った時の気持ちに嘘はなかったよ。
今だって香澄を愛していた時を忘れたわけじゃない。
―――だけど。
俺、今ね、愛してあげたいって思える子が出来たんだ。
寂しがり屋なくせにやせ我慢が上手で、傷付いてばかりの子なんだ。
俺がメチャクチャ甘やかしてあげたいんだ。
『約束守れなくてゴメンな…香澄。』
泣かれるかな。それとも怒るかな…。
固唾を呑んで見詰める香澄の顔が不意に崩れた。
それこそ彼女らしい笑顔に。
それでようやく気付いた。
ずっと俺に見せていた物言いたげな悲しい顔の意味に。
香澄は離ればなれになった事を憂いていた訳じゃないんだ。
いつまでも香澄の思い出にしがみ付いてグズグズしている俺を心配してくれていたんだ。
生前、今一トロイ俺のケツをひっぱたいて前に進ませてたみたいに。
―――安心した。
ようやく前に進めるようになったのね。
聞こえないその声が、その笑顔に聞こえた気がした。