噎せかえる程に甘いその香りは
2*[f]marine
【side 仄】
「……こんなに気を使ってくれなくてもいいのに」
歩いて帰るという私に対してタクシーを勧めて引かない彼。
私は呑みこんだ溜息の代わりに、この数時間で何度か思った事をうっかり呟いていた。
そもそも……と、私は背後に聳え立つ高級ホテルの建物にチラリと視線を向ける。
ちょっと会うだけに一々とこんな御大層な所じゃなくてもいいのに。
毎度の事ながら文武不相応過ぎて居心地が悪い。
私の言いたい事を察した彼が軽く肩を竦める。
「仄が望むなら俺は服だってアクセサリーだってなんだって買って上げたいんだけどな。だけど君は遠慮ばかりだろ。たまに会った時ぐらいせめて美味しい物を食べさせてあげたいじゃないか。」
「もう副社長には十分してもらってます。」
苦笑気味にそう言えば、彼はほんの少し眉を顰める。
「会社ではともかく二人っきりの時にその呼び名は頂けないな。」
「じゃ、黒崎さん。」
「もう一声。」
「蓮実さん。……もうこれ以上はマケられませんよ?」
何処で誰が聞いてるか知れないのだから、と少し茶化した感じで念を押せば、蓮実さんも仕方ないと言いたげに苦笑を浮かべた。