噎せかえる程に甘いその香りは
―――アレは丁度一年程前の事。
私は上司に言われて会議の支度をしていた。
営業課に所属していると言っても私が外回りに行く事は殆どなく、オフィスで資料作成など営業の人達のサポートをするのが主たる仕事だ。
それはコピーやお茶汲み等の雑用全般も含めて。
会議室の机やプロジェクターの設置をして、必要な資料も配置完了。
後は、一同が席に着いて会議が始まった頃に運ぶお茶の準備…とはいえ今回はコーヒーで。
コーヒーメーカーのスイッチを入れ、コーヒーが落ちる間にせっせとカップの用意を始めた。
そこへすっと人影が現れた。
『ゴメン、会議出席二人増えたんだけど―――』
ドキンと胸が跳ねた。
現れたのは販促の長谷川課長で。
同じフロアで擦れ違う事はあっても、課が違う為殆ど言葉を交わした記憶もない。
例え内容が業務とは言え、直接話しかけられて、舞い上がりそうになる。
『会議室の席はこっちでやっとくし、資料は仲間で見るから。』
『あ。はい。分かりました。コーヒーなら大丈夫です。少し多めに作ってあるので―――』
緊張から作業に没頭しているフリをして、勤めて冷静に返した。
そこに返事はなく、用件だけ言って行ってしまったのかと少し残念な気持ちになりながらそっと視線を上げ、ドキリとした。
戸口にはまだ彼がいて、少し強張って見える顔で私を見詰めていたから。
『………その香り………』
そう呟いてはっとした彼は「ゴメン。何でもない。コーヒー宜しくね。」と言って、今度こそ本当に身を翻して去って行った。
…………今のは何だったの?