噎せかえる程に甘いその香りは
夜風に浚われた私の髪を耳に掛けた手が優しく私の頭を撫でる。
「何か困った事はないか?俺にして欲しい事は?」
「……大丈夫です。」
少し目を伏せ微苦笑する。
「本当にもう良いんですよ?蓮実さんにはもう十分してもらいました。だからこれ以上は……」
「俺がしてあげたいんだよ。それとも俺に心配されるのは迷惑か?」
「迷惑だなんて…。でも、本来は蓮実さんが私の心配をしなきゃいけない理由なんてないんですから。」
「理由なんて―――……」
私が首を振れば、蓮実さんは言いかけた言葉を呑みこんで、大きく溜息を吐いた。
私がこの話で折れないのを蓮実さんは知っている。
諭すのを諦めた蓮実さんは徐にポケットから箱を取り出した。
「ありがとう…ございます。」
受け取ったそれを宝物のように胸元でぎゅっと抱える私を見て蓮実さんがやれやれと肩を落とす。
「仄に渡して唯一喜ばれるのはそれだけ、か。」
渡されたのはあの魔法の香水。
あの香水は蓮実さんにプレゼントされたものだ。
蓮実さんも貰った物だったけれど自分にはちょっと甘すぎるから、と私にくれたのだ。
確かにこの甘い香りは男性より女性向けだと思う。
あまり高価なプレゼントを受け取るのは気が引けるけれど、使いかけの気安さもあって、有り難く使わせてもらう事にした。
上品な甘く優しい香り。
その香りがまさか葵さんとの接点になるとは知らずに。