噎せかえる程に甘いその香りは



【side 葵】



ドアの前で俺は暫く立ち尽くしていた。

仄がホテルの前で副社長に促されるようにしてタクシーに乗り込んだのを見届けてから、俺ものろのろと動きだした。

それからどうやって辿りついたか、気が付いたら部屋の前だった。

一つ深呼吸して玄関のドアを開ければ


「お帰りなさい。」


仄がいつもと変わらない様子で俺を迎えてくれた。

ほんの少し口角を上げた柔らかな笑顔。

優しい声音。

まるでいつもと変わらなくて、変わらないからこそ………戸惑う。


副社長と会っていた事を糾弾すべきなのか?

これまでも俺の預かり知らない所で彼と会って、素知らぬ顔で俺に抱かれてた?


「葵さん、何か軽い物でも食べますか?」

「…え?」


思考の渦に呑まれていた俺は唐突に投げかけられた質問に対応し切れず間抜けな声で問い返した。

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