噎せかえる程に甘いその香りは
あまり香水に詳しくない俺は、以前何かの世間話の延長でこの香水が何の匂いなのか訪ねた事がある。
仄は少し躊躇いながら呟くように教えてくれた。
『蓮、だそうです。』
昔三大美女の誰かが愛用していたとか言うからには随分古来から香料として使われていたようだが、結構希少らしく現代ではポピュラーとは言わないようだ。
ああ―――俺はなんて間抜けなんだろうな。
貰ったという香水。
蓮――――
蓮実、…黒崎蓮実。
コレを仄はどんな思いで毎日着けてた?
手に入らない男から贈られた香水。
その男の名の付いた香水を。
会って無いからなんだ。
俺が彼女に一番近くにいる事がなんだ。
俺が抱く彼女はいつだってあの男の香りに包まれていたってのに―――……
「………葵、さん?」
立ち尽くす俺の背中に戸惑い気味の彼女の声。
振り返った俺の手に握られていた香水の瓶に益々怪訝そうに眉を顰める。
その平然とした顔に俺の中で何かが切れた。