噎せかえる程に甘いその香りは
【side 葵】
「……仄っ!」
目が覚めて隣に彼女が居ない事に気付いて焦って飛び起きた。
「ぅ゛っ」
リビングに駆け込んで、眩暈するほどに甘い香りに呻く。
ほんのりとならば良い香りでも流石に瓶一本分じゃキツ過ぎる。
……自業自得だけど。
部屋中探してみて仄が既に居なくなってるのを知ってへたり込みそうになった俺の耳に遠く着信音が届いた。
「も、もしもし!?」
大慌てで昨日脱ぎ棄てたスーツのポケットから携帯を取り出し、通話口の声にベッドに突っ伏した。
『ぐっもーにんぐ♪前言ってた早朝にしか売ってないクロワッサン買ったから玄関あ~けて。』
……麻人。
脱力しながら玄関に向かいドアを開ければ朝から無駄に元気な麻人が立っていた。
「彼女パン好きだって言うから折角ご近所の美味しいパン屋情報を教えてやったんだけど、結局葵、彼女とイチャイチャダラダラしたくて買いに行きそうもないから、お裾分け~。俺って気が利くっしょ。」
「はぁ…………麻人、空気読めよ。」
「は!?読んでんじゃん。二人の空気を壊さぬようこうしてチャイムもなさらずあえて電話で呼び出したんだろっ。」
何なんだよ、と憤慨する麻人をとりあえず部屋へ上がるよう促す。
気遣い上手(らしい)麻人は当然のように戸惑ったけど。
「……今、仄いないから。」
「え?」
「……逃げられた。」
「はぁっ!?」
麻人の叫び声を俺は項垂れながら聞いていた。