噎せかえる程に甘いその香りは
廊下の角を曲がる仄の姿が見えた。
「ほの―――……」
追い掛けてその角を曲がった俺は掛けようとした声を呑みこんで慌てて壁に隠れた。
―――副社長。
角を曲がった先で仄が話してたのは副社長で。
声は途切れ途切れに聞こえるものの会話の内容までは判然としない。
副社長が彼女の頭を撫でるのは勿論、すっと長身を屈めて触れる程度のキスをした時は心臓を一突きにされた気分だった。
止めろよ!
触るな。
彼女は俺の物だ。
そう叫んで飛び込んでいけない自分の不甲斐なさにイラつきながらも、打ちのめされて身動きも取れない。
―――けれど。
「もう、いいですから!本当に…私の事はもうほっといて下さい!!」
普段冷静な彼女にしては珍しく荒げた声が聞こえてきた。
そっと遮蔽物から顔を覗かせてみれば、困惑気味の副社長と複雑な顔をした仄が見えた。
彼女は現状に戸惑った風だけど、自分のセリフを撤回する様子はなく―――
廊下に他の社員の声が聞こえて、儀礼的な会釈を副社長にして足早にその場から去って行った。
それを見送った副社長も、副社長の気配を纏ってその場から歩き出した。
その一部始終を見守って俺は壁に背中を預け思考を巡らせた。