噎せかえる程に甘いその香りは
椅子の背もたれに弛緩しながらチラリとデスクの上に溜まった書類を一瞥して、伺うように田中と江角の顔を見上げる。
「で、えーと……こう言う場合は一連の徒労を労って終業後に一席設けてやるのがイイ上司ってやつなんだが………」
田中と江角は顔を見合わせ、江角は苦笑し田中に至っては噴き出した。
「お気遣いは無用っすよ。てか、また都合のいい時にでも日を改めて誘って下さいよ。」
「ですね。これ以上課長を拘束したらそのうち彼女の方からクレーム付けられそうですしね。」
思いもよらないツッコミに俺は目を見開く。
「え?は?彼女って…」
「ははっ。気付かないと思ってんですか?ココ一年ぐらいで課長の雰囲気格段に変わりましたモンね。こりゃ絶対女が出来たなって言ってたんですよ。」
「仕事に一生験命なのは以前からですけど、以前は自分を無理矢理追いこんでる感じで…ですが今はイイ意味で活気に満ちているというか。」
そんなに分かり易いのかよ、俺。
ばればれじゃん。
気恥かしくなって顔を覆って項垂れる。
だって彼女とは同じ職場なわけだし、あまりカッコ悪い姿は見られたくないって思うのが男心ってもんだろ?
それに副社長と比べ物にはならないわね、なんて思われたくなかったし。
それに家に帰れば彼女がご飯や風呂の支度なんかしてくれちゃったりして、限界まで仕事をしてベッドに突っ伏すだけの以前とは比べ物にならないくらい生活が充実してたのも事実だしな。
しかし上司としてこんなに単純明快な男でイイのか。
威厳もへったくれもありゃしない。
そんな体裁の悪い俺と打って変わって二人の笑顔はとても温かかった。
「良かったです。人事ながらに気にはしていたので。」
「そうっすよ。我等が自慢の上司ですからね。幸せになってくれなきゃ。」
そんな二人の言葉が…笑顔が…俺の胸をほんわかと温める。