噎せかえる程に甘いその香りは
5*[f]floral
【side 仄】
終業を待ち遠しく思いながら、やる気がなくとも一先ずの仕事をこなす。
早く帰ったってやる事なんてないけど…それでも葵さんが居ると思えば会社に居るのも胸が苦しくて。
どんな形でも傍に居たい。
けれど傍に居ても手を伸ばす事が出来ないのなら、いっそ遠くへ離れてしまいたい。
「水守さぁん。」
機械的に仕事を進めていると不意に声を掛けられた。
声を掛けて来たのは私と同じ立場の営業事務の三つ上の先輩。
仕事上当たり障りない対応ではあるものの、ノリも悪く付き合いも悪い私はキャピキャピキラキラした彼女には微妙に敬遠されているようで、普段は業務以外であまり話をする事もないけど。
「なんでしょうか。」
「今ぁ、受付からの内線で水守さんに来客ですって。」
「来客…?私に、ですか?」
私は怪訝に首を捻った。
営業とはいえ、事務アシスタントである私が直接外部とやり取りをする事は無い。
個人的に訪ねてくるような親類にも当ては無い。
そんな私の疑問を読みとったように彼女はふっと笑った。
「まーともかく行ってみたらいいんじゃなぁい?」
その笑顔が少し意地悪く見えたのは気のせいなのか…
気になったものの彼女の言い分は尤もで、私は軽くデスクを片付け課長に断りを入れて事務所を抜けだした。