噎せかえる程に甘いその香りは
【Side 葵】
居酒屋の暖簾をくぐった俺にカウンターの見知った顔が笑顔を向けて手を振ってきた。
「悪い。仕事が長引いて…待たせたか?」
「いんや。先に引っかけてたから大丈夫。」
カラカラ笑うのは親友であり従兄弟の野島麻人。
一時期は二日と開けず麻人に呼び出されていたもんだが、流石に課長ともなると仕事が忙しく最近はご無沙汰になっていた。
呼びだされ続けた一時期と言うのは香澄を失った後。
もともと友人思いのヤツだが、香澄を俺に紹介してくれたのが他でもない麻人だったから、余計にほっとけなかったんだろう。
俺達は仕事の失敗談から笑い話、共通の友人の話題などなど、近況報告を肴に酒を進めた。
「やっぱさー、課長ともなると忙しいんだなー」
「あー忙しいね。何でか問題起こる時は立て続けに起きるしな。スムーズに仕事運んでる時は、いつ何時問題が起きるか逆に恐ろしいわ。」
おどけた顔をして言う俺に麻人の物言いたげな視線が向けられる。
「もーイイんじゃね?その歳で課長になれたわけだしそろそろ仕事はさ…」
麻人の言いたい事を十分察している俺は苦笑する。