噎せかえる程に甘いその香りは
その挑発を受けて取って副社長が身体毎葵さんに向き合って対峙する。
「ああ、この際だ。君にはハッキリ言っておくべきだな。仄には金輪際近づくな。彼女は君が手慰みにしてイイような娘じゃない。」
「それはコッチのセリフですね。フィアンセが居ながら仄にまでチョッカイ掛けて。一体どういう神経してんだ。彼女と別れる気が無いなら仄からはすっぱり身を引け。」
「雛子と別れる気なんてある訳無いだろ。俺は雛子を愛してる。だが、仄から身を引く気もない。例え恋人の立場に無くとも彼女は俺の大切な娘に変わりないんだ。」
「っ、よくもヌケヌケと!その図々しさが仄を傷つけてるのが何で分からないんだ。」
「仄を傷付けてるのはオマエだろう!失った恋人を引き摺ったまま、彼女を身代わりに弄んだくせに!」
「俺がいつ仄を弄んだってんだ!」
エスカレートしていく言い合いに為す術もなく狼狽する。
最初は目上の人に対する礼儀とばかりの葵さんの敬語も途中からすっかり削ぎ落ちてるし、いつもは大らかな副社長が感情を剥き出しに怒鳴ってるのも初めて見る。
お手上げと言える状況で、終止符を打ったのは意外な人だった。
フラリと菊池さんが無言で扉に向かう。
「おい、雛子……」
副社長の呼びかけに菊池さんは寂しげな微笑で振り返った。
「ゴメンね蓮君。でももう無理みたい。パパ達には私から言っておくから。」
「何故?……俺が愛してるは雛子一人だけだ。」
菊池さんは分かってると言うように頷いた。
「ずっと一緒にいたんだもの。蓮君の事は何でも分かるよ。蓮君は私を愛してくれてる。私は蓮君にちゃんと愛されてるし大切にされてた。」
「だったら…」
「蓮君の事なら何でも分かっちゃうんだよ。蓮君が私を愛してくれてるのは本当。そして彼女…水守さんを大切に思ってるのも本心、でしょ?」