噎せかえる程に甘いその香りは
私が父の存在を知ったのは母が無くなる直前の事。
母は立場もあり家庭もある彼の迷惑を危惧してずっと隠していたのだろうけど、自分が亡くなった後、近しい身寄りもなく独りぼっちになってしまう私の身を案じて教えてくれたのだと思う。
父親の存在も普通の家族も私にとってはもはや架空の産物でしかなかったのだけど、自分が思っていた以上に憧れは強かったのかもしれない。
母が亡くなって独りぼっちになった私は時折こっそり父に会いに行った。
彼の家庭を壊す気なんてなかったし、迷惑を掛ける気もなくて。
ただ寂しくて堪らなくて心が折れそうになった時に。
勿論、話しかけられる筈もなく、会社に出入りする姿を遠くからほんの一時眺めるだけだったけれど。
そんな私に気付いたのは彼と行動を共にする事の多かった蓮実さんだった。
『君はストーカーなのかな。』
物陰に隠れる私を待ち構えてそう言った蓮実さんはとても辛辣でとても冷たかった。
行動を咎められる事何度目か…
シツコイ私に蓮実さんは辟易とした顔を隠さず―――不図口にした言葉は冗談だったのだろう。
『まさか、父の隠し子とか言いださないだろうね。』
咄嗟に動揺が隠せなかった私に蓮実さんは一瞬驚いたような顔をして、次の瞬間浮かんだのは侮蔑だった。
『その歳でタカリとは随分としたたかな娘だな。』
私は黒崎から…父から…何かを強請ろうなんて思った事なんて無い。
ただ、父という存在に自分が独りぼっちなんかじゃないと思いたかっただけで。
たまに遠くからこっそり見詰められればそれで満足だった。
そんな私の思いとは正反対に蓮実さんは真実を望んだ。