噎せかえる程に甘いその香りは
香澄が死んだ後、俺は心の隙間を埋めるために仕事にのめり込んだ。
その結果がこの歳での役付き。
ウチの会社は結構大きく社員も多い。
若い長が全く居ない訳じゃないが、それでもまだまだ古株連中が幅を利かせていて、この歳で課長であれば出世頭と言える。
下手をすれば過労死すんじゃないか、という俺を麻人は心配して暇を見つけちゃせっせと連れ出し、連れ回した。
それも三年が経つ頃から言うようになったあのセリフ。
―――もう、そろそろ良いんじゃね?
香澄じゃない誰かを愛しても。
恋人を作っても。
心配してくれる麻人に俺が応えられたのは微苦笑だけだ。
ちゃんと理解してるよ。
香澄が死んだって俺は生きてる。
どんなに悲しくてもそれが現実だ。
香澄が死んで凄く苦しくて悲しくて堪らないのに、時間になれば眠くもなるし腹も空く。
なんだかんだ言っても俺って薄情なのかな?と笑ったら、麻人は首を振って「だって、そんなの、仕方ないじゃん」と言った。
そう。仕方ないんだよ。
どんなに悲しくたって、俺はこの世で生きている。
香澄の事をずっと覚えておきたくても、彼女の温もりも、笑い声も少しずつ記憶から薄れて、もう鮮明に思いだせないんだ。
だからこの先、香澄を愛していた事実を忘れないにしても、それは思い出になって、いつか別の女の子を好きになって、いつか誰かと結婚するんだろう。
それなら…と続ける麻人に俺はははっと笑った。
いやいや、俺そもそも奥手だし。香澄との恋愛以外、基本恋愛には淡泊だし。
いつか、この子!って相手に出会えるまで気長に待つよ。
そんな俺の言葉を麻人はどう捕えたのか、あまり強引に女の子に引き合わせようとはしなくなったものの、会えばお決まりのセリフを言うようになった。