噎せかえる程に甘いその香りは
麻人に言った言葉に偽りは無い。
だけどそれは結局頭が出した理屈で、感情は全然それについて行けてなかったんだろうな。
香澄の思い出をズルズルと引き摺ったまま気が付けば五年も過ぎてしまった。
―――だけど。
今日は定型文をみなまで言わせず俺は麻人の鼻先に「待った」と掌を翳した。
「今日はその前に俺に言わせてくれ。俺、気になる女の子出来た。」
その言葉に麻人が目を見開いたと見えた直後、俺の背中にバシッと平手の衝撃。
「痛いっ。」
「おめでとー。良かったな!」
我が事のように喜んでくれる麻人に俺は苦笑いを浮かべる。
「いや、オメデトウは早計過ぎるだろ。なんて言ってもまだ俺の一方通行みたいだしな。」
麻人はちょっとだけ目を見開き、再びバシッと背中を叩いた。
「だから痛いって!」
「やっぱりメデタイじゃん。いや、葵ってかなり押しに弱いとこあるからさ、相手にぐいぐい迫られて何となく流されちゃってんのかなーとか思ったりしたんだけど。」
「俺別に押しに弱いとかそんな事は……」
「あるね。」
断言されてグッと言葉を呑みこむ。
まぁ、薄ら自覚あるもんな。
香澄は社交的で行動的で、そんな香澄に俺がずるずると引き摺り回されるのが俺達の基本スタンスだったし…。
まぁ、香澄に付き合うのは楽しくて結果オーライだったけど。
「葵の片思いっていうなら、葵の気持ちありきなんだろ?…だから、ヨカッタ、だしオメデトウ、なんだろ。」
―――ようやく前に進めるようになったんじゃん。
口にはしなかった麻人の言葉は確かに俺に届いて、ジンワリと胸を温かくした。