噎せかえる程に甘いその香りは
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彼女の存在を知ったのは出会うより前の事。
『お。やった。今日の書類水守さんのだ。』
会議室に入ってテーブルに置かれている書類を覗きこみ俺は少し弾んだ声を洩らした。
販売促進課は企画課や営業課と打ち合わせをする事も多く、議事により企画や営業が書類を作成してくる。
その時の議事は営業課。
営業マンが先方との打ち合わせの内容を元にプレゼン書類を作成するのが基本だが、その課のアシスタント的役割のOLさんが作ってくれたりもする。
その日のプレゼン書類の議題の下に報告者の名前に続いて制作者『水守仄』と書かれている。
『おお!流石の課長でも水守さんは知ってるんっすね。』
隣にいた部下が興味ありげにハシャイだ声を上げた。
俺が香澄の思い出を引き摺って女子をシャットアウトってのは社内じゃ結構知られてるからな……。
書類をパラパラ捲りながら俺は苦笑した。
『俺だって女子社員ぐらい知ってるよ。この水守さんの書類って丁寧な上に凄く見易いんだよなぁ。』
見易いフォーマット、誤字脱字が無いのも勿論の事、取引先特有の商品の呼び名とかは業界で精通した呼び名に直しておいてくれてあったりして、ともかく痒い所に手が届くってのか…。
下手な書類だと会議の間に何度も説明を求める発言が挟まって中々先へ進まないんだもんな。
いやぁ~仕事出来る子なんだな~偉いね~、なんてしみじみ呟く俺に部下は呆れた顔をした。
『やっぱり課長は課長っすね。……って、それはそうと何惚けた事言ってるんですか。水守さんなら課長だって知ってるでしょうが。営業との会議の時、大抵お茶出ししてくれてるあの女性っすよ。』
『ええ!?あの子が水守さん!?』