TRIGGER!2
「ーー忘れていたいんだ・・・」


 膝を抱えて小さく言う彩香。
 今、はっきり分かった。
 忘れたいのは、この街に来る前の自分の記憶だ。
 今の彩香の記憶が薄れていくたびに、昔の記憶が少しずつ、少しずつ蘇ってくるのだ。
 普段は無理やり意識のなかに閉じ込めて、思い出さないようにしている記憶。
 眠るとき、いつもその記憶の断片が蘇る。
 だから酒を飲んで、夢も見ない程深い眠りに無理やり自分自身を引きずり込んでーー。


「覚えてないんでしょう?」


 うずくまる彩香の横に座って、風間は静かに言った。
 彩香は黙っている。


「ここに来る前の過去を覚えてないーーいや、その事実すら彩香さんは・・・『忘れていた』」


 ビクリ、と彩香の身体が強張った。


「これは憶測にしか過ぎませんが、彩香さんはこの街に来る前にあの薬を飲んでいるんです。任意なのか、他者による強制かは分かりませんが・・・そして、そこまでの記憶を無くした」


 その後峯口と出会い、彩香という名前を貰って。
 峯口彩香としての記憶が、彩香の脳に刻まれていったのだ。


「あなたが『スターダスト』で飲んだと思われる薬の量は、ごく微量だった。前に水島先生から聞いたことがあります。中途半端な容量の薬は、下手に記憶を錯綜させるだけだ、と」


 聞きたくない。
 彩香はギュッと目を閉じる。
 それでも、風間は止まらなかった。


「この街にいきなり現れた彩香さんの素性を、私達が少しでも調べないと思ってましたか?」
「隼人」


 たしなめるように、ジョージが風間に声を掛ける。
 風間は立ち上がり、膝を抱えて座る彩香を見下ろした。


「あなたもご存知の通り、我が峯口建設は本業は建設業ということになっていますが・・・それは、あくまでも表向きの顔でしかありません」


 実際には、この会社の従業員は皆、裏の世界に携わっても何ら支障のない連中ばかりだ。
 そしてこの連中は、峯口の色々な事業を通してこの繁華街でがっつりと根を下ろし、公のニュースや新聞にも載らないようなトラブルに深く関わっている。
 それはひとえにこの街が『あっちの世界』の中心に近い場所であり、その中で起きる事態をいち早く察知出来るからだ。
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