TRIGGER!2
「だから何か、俺にも彩香さんの手助けが出来たらなぁって」
「別に聞いてもらう程、大した悩みじゃねぇよ。明日は何しようか、そんな小さな悩みだ」


 そうなんですか、と、佐竹は言った。
 だが彩香は、そんな佐竹が何処か遠い目をしているのに気づく。
 まだ見えない明日に想いを馳せているのか、それとも過ぎ去ろうとしている今を噛みしめているのか。
 何を考えているのかを聞こうとしたら、佐竹の方が先に口を開いた。


「あ、もうすぐ今日最後のショータイムが始まりますよ」


 そう言われて、彩香はステージに視線を送る。
 例の如くやたらとテンションの高いアナウンスが流れて、一段と音楽のリズムが激しくなり、ステージにダンサーが現れた。
 今日もこの前と同じ、佐久間の病院に入院しているはずの、車椅子の少女だ。
 クリームイエローのロングドレスが似合っている。
 前に見た時よりも遥かに表情が豊かで、踊っている本人も何処か恍惚感に浸っているように見える。
 最初に会った時の車椅子の姿、そして自らを痛めつけたと思われる左腕の傷跡と今の少女の姿が、彩香の目には違和感としか映らない。


「彩香さん、これ、良かったら飲んで下さい」


 そう言って佐竹は、グラスを彩香の目の前に置いた。


「マティーニなんて頼んでねぇだろ」
「カクテルを出すバーテンダーの腕前を見るには、マティーニを飲み比べるのが一番だと言います。これはそれくらいデリケートなカクテルなんですよ」


 佐竹は屈託のない笑顔を、彩香に向けて。


「彩香さんの口に合うと思います。是非、飲んでみて頂けませんか?」
「・・・・・」


 彩香は黙ったまま、マティーニのグラスを見つめた。
 琥珀色の液体が、店内のキラキラとした光に反射している。
 とても美味しそうだと思ったが、この前具合が悪くなった事を考えると、それを口にするのは躊躇した。
 そんな彩香に、佐竹は再び話し掛ける。


「大丈夫ですよ。マティーニには、氷は、入っていません」


 その言葉に彩香が顔を上げると、カウンターの中で佐竹が真っ直ぐにこっちを見つめていた。
 だがその笑顔が、彩香にはどこか、悲しそうに見えた。


「お前・・・?」


 氷は入ってはいない。
 この店でその言葉を発するには、言葉通りの意味だけが含まれているのではない事は、今の彩香には容易く想像できた。
 まさかと思い、彩香は眉をひそめながら、佐竹を見上げて。
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