TRIGGER!2
「マティーニを・・・」


 佐竹はかすれたような聞き取れない声で呟く。
 彩香は手を伸ばし、カウンターに置いたままのカクテルを取った。
 定まらない佐竹の視界に入るように少しグラスを傾けてから、彩香はマティーニを一口飲んで。
 それから、ゆっくりとそれを最後まで飲み干し、佐竹に笑顔を向けた。
 自分でも忘れかけていた、本当に自然な笑顔だった。


「本当だね。あんたのマティーニは、世界で一番の味だ」


 彩香の言葉を聞いて、佐竹は唇の端から血を流しながら、力なく笑った。


「最後の、カクテルが・・・彩香さんで、良かっ・・・た・・・」


 そのまま、佐竹は目を閉じる。
 彩香はグラスを置くと、ゆっくりと立ち上がった。
 カウンターを出てフロアを横切り、ステージの横にある音響ブースに近付いて。
 手近にあった椅子を、機材に思い切りぶつけた。
 大音量で流れていた音楽がプッツリと途絶え、フロア全体が静寂に包まれる。
 客たちはやっと正気に戻ったように、異様な空気に気付き始めた。
 だが彩香は構わずに、もう一客の椅子を抱えると客が飲んでいたテーブルに投げつけた。
 グラスが割れる派手な音がする。
 彩香は次々とテーブルを倒しながらフロアを駆け回っている。
 暴れる彩香から、客たちは一目散に逃げ出した。
 後に残ったのは、カウンター近くに倒れた黒ずくめの男が2人、その近くに立っている風間とジョージ。
 そして。


「ふふっ・・・・」


 不意に、そんな笑い声が聞こえた。
 本当に楽しそうな、少女の笑い声だった。


「何が可笑しい?」


 彩香がステージに向かって言葉を投げた。
 ステージの照明は消えたままだったが、フロアの明かりに、クリームイエローのドレスの裾が翻る。
 さっきまで踊っていた少女が、フロアに降りてきたのだ。


「ふふ。ふふふっ・・・」


 少女はまだ笑うのを止めなかった。
 彩香は、少女を見つめた。
 睨み付けるのではなく、その表情は憂いと憐れみに満ちていた。


「本当に、気の毒だな」


 彩香に向かって歩いていた少女は、ピクリとその動きを止める。


「幸せか?」


 少女に向かって、彩香は問いかける。


「幸せなんだよな、きっと、お前は」


 さっきまで恍惚感に浸っていた少女顔からは、表情が消えている。
 彩香は一歩、少女に近付いた。


「分かったよ。あたしは・・・」


 その表情のない瞳を、彩香は真っ直ぐに見つめた。


「あたしは、あんたみたいにはなりたくない」


 意志のこもった、力強い口調で言う。
 少女はひとつ、瞬きをした。
 ーーそして。
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