TRIGGER!2
 佐竹はこの仕事に誇りを持っていた。
 バーテンダーとしては、それなりの実力もあった。
 だがどうしても、どんなに大会で上位に食い込もうとも、自分の満足できるカクテルが作れない。
 そんな悩みも、ここで薬を飲んでいれば、全てを忘れて毎日が新しい自分として生きて行けるのだ。
 だが、あの日。
 彩香と初めて話をした日。
 ロングアイランド・アイスティーのレシピが、思い出せなかった。
 プロのバーテンダーとして、これは失格だ。
 カウンターの中で佐竹はレシピブックを当たり、ようやく作り方を思い出して・・・ふと、気付く。
 確か自分は、全てのカクテルのレシピを頭に入れていたのではないか?
 何で思い出せないんだ?
 目の前のカウンターに座っている、まだ若干幼さの残る彼女は、微かに唇に笑みを浮かべてこっちを見ている。
 そしてその瞳には、果てしなく深い何かを感じるのに、何処か空虚さを併せ持っている。
 まるで、今の自分と同じだった。
 ただ唯一、違うのは。
 彼女には意志がある、そう感じた。
 何も考えずにただ毎日、天職である筈のこの仕事を淡々とこなすのではなく。
 彼女は、自分の意志で生きている。
 そう思うのと同時に、とてつもない悲哀と、とてつもない強さを持つこの彼女に、彼女が望むカクテルなら何でも作ってやりたい、本気でそう思った。
 それなのに、自分は一体、何をやっていたんだーー!


「そして佐竹くんは私に、薬はもう要らないと言ったんだ」
「・・・・・」


 彩香は黙っている。
 少し斜めに視線を泳がせて、唇をキュッと結んで。
 その時、風間とジョージが彩香の横に立った。
 いつも道を歩く位置、ジョージが右側で風間が左側だ。
 風間はスーツの右手首から肘にかけて破けた場所から、ジョージは左の肩と右太ももから出血している。
 さっきの男達とやり合った時に負った傷だ。
 彩香は胸に手を当てた。
 佐竹が吐いた返り血は、まだ生ぬるい気がした。


「・・・バカか、テメェは」


 自分のシャツの真ん中あたりをギュッと握り締め、ニヤリと笑いながら、彩香は言う。
 佐久間は微かに目を見張った。


「佐竹があたしの事をどう思ってたかなんて、あたしにゃまるで関係ねぇ事だ。そこの女も、自殺しようが何しようが勝手だ」


 佐久間の腕の中で、少女が身体を強ばらせた。


「それ以上はダメだと言っただろう」


 今度はあからさまに怒りを含んだ声で、佐久間はそっと少女を離すとこっちに向き直る。
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