TRIGGER!2
『好きに動け。それがお前に唯一、与えられた仕事なんだよ。いい気分だろう、毎回毎回新しい自分に生まれ変わって生きられるんだ。誰もお前を否定したりはしないんだよ』


 真っ黒いスーツに身を包んだ背の高い男はいつも、こう言っていた。
 子供の頃、鉄格子が張ってあるあの部屋から自分を連れ出した、あの男。
 冷徹な笑みを浮かべながら。
 多分、昔は色々な名前で呼ばれていた。
 それが何だったのかは、あまりにもたくさんありすぎて、もう思い出せないが。


『さぁ、何も気にしなくてもいいんだよ。お前を縛るものは、何もないのだから』


 真っ暗闇の中で、男の笑い声が聞こえた。
 嘲(あざけ)るような、蔑(さげす)むような。
 あの笑い声が、たまらなく嫌いだった。
 声だけじゃない、その笑い顔も、こっちを見下ろすその目つきも。


『さぁ、行くんだ。そしてーー』


 男は、その大嫌いな顔を至近距離まで近づけて。
 いつも、同じことを言う。


『破壊して来い、ーーーー』


 男が最後に呼んだのは多分、自分の本当の名前ーー。
 何もかもを壊す、忌み嫌われるその名前。
 それを思い出す事は、脳が全力で否定していた。
 だが、まだ何も知らない、1人では絶対に生きていけない年頃の自分には、全身全霊で拒絶したくなるあの連中と一緒にいるしかなかったのだ。
 嫌い、嫌だ、嫌い、嫌だ!
 そんな感情は生きている人間にとっては苦痛だ。
 毎日毎日、自分を取り巻く環境を否定し続けて。
 それに従わなければ生きていけない自分も否定した。
 だけどそれはーー。


『疲れた・・・・』


 受け入れてしまえば。
 心が壊れる事もない。
 感情を無くし、言われるままにこの連中に従っていれば。
 何の問題もなくなる。
 そしていつの間にか、心の中には何も残らなくなっていた。
 自分以外の何が壊れても、何の感情も湧かなかった。
 自分以外の誰かが苦しんでも、何も関係ない。
 元々、あの母親が毎日自分を殴ろうとも蹴ろうとも、最後には痛みすら感じなくなっていたのだ。
 だから、自分の中から感情を取り除く事など、造作もない事だった。
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