TRIGGER!2
 この場所に来て。
 空っぽだった心が、形にならない何かに少しずつ埋められて行く気がした。
 それは本来の彩香にとっては邪魔なものでしかなかったが、意図的に排除出来るものでもなかった。
 自分でも知らないうちに心を埋めていくその何かは、今まで感じた事がないくらい暖かく、心地いいのだから。
 そう思ったから、峯口の質問に、彩香は頷く。
 少しでも声を出したら、溢れそうになる涙を必死で堪えながら。


「・・・そうか・・・」


 峯口も、心なしか俯いて。


「おとーさんとしては、何より幸せな事だな」


 たまらずに、彩香は峯口から離れて背を向けた。
 どんなに虐待されても、どんなに自分の意に添わない仕事をさせられても、こんなに苦しくはなかった。
 なのに何故、今、死にそうなくらいに胸が苦しいのか。
 彩香はその苦しみから逃れるように、大きく深呼吸をした。


「なぁ」


 感情を目一杯押し殺して、震える声を必死に絞り出し、彩香は背中を向けたまま峯口に声を掛けた。


「感謝してるんだ。ここに来て、誰かを信じるってのがどんな事なのか、分かった気がするんだ。ジョージも隼人も・・・そしてあんたも」


 それだけじゃない、この街の、彩香に関わった全ての人間を。


「約束する。この街もあんたも、あたしは壊さない。あたしが・・・峯口彩香が、そんな事絶対にさせない。だから・・・だからもし、あたしがあたしじゃなくなったらーー」


 彩香は、峯口の方に向き直る。
 赤く染まる海を背にして、その姿はシルエットとなって浮かび上がる。


「あたしをーー殺してくれねぇか?」


 そう言ったシルエットの頬に、光が反射した。
 その光があまりにも眩しくて、峯口は目を細める。


「俺も一応、守るものが死ぬほどあってな」


 吐く煙と一緒に、峯口はゆっくりと言う。


「もし万が一、俺が守るべきものに危険が及ぶような事があったら・・・俺は、全身全霊でその危険を排除する」
「ありがとう・・・」


 そう言って彩香は、また海を眺めた。
 太陽はもう、辺りを真っ赤に染めつつあった。
 その光に両手をかざすと、綺麗な透き通った深紅になった。
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