TRIGGER!2
「あなたは・・・あなたがあの薬を開発しようと思ったのは、田崎の為だからだ」


 ここにいる誰もが、耳を疑った。
 屋上に座り込んで俯いていた水島は、ゆらりと立ち上がる。


「なかなかのご推察だけど」


 そう言って浮かべた水島の微笑みを見て、彩香は背筋が凍りつくような感覚を覚えた。
 この冷徹な微笑みは、彩香に頭痛薬を手渡した時と同じーーいや。
 あの男の笑顔に、そっくりだ。
 思わずよろけた彩香の身体を、ジョージが支える。


「それは違うわ。だって、あたしはこんな事がやりたい訳じゃないんだもの」


 肉体と精神の分離。
 何のためかは知らないが、水島の研究目的はこれなのだ。
 大騒ぎになっている『記憶を無くす薬』は、その研究過程で偶然出来た賜物でしかない。
 この水島という女にもきっと、誰も知らない過去がある・・・。


「それは知っています。では何故、やりたくもない薬の開発をしてたんですか?」
「・・・・・」


 感情の読み取れない表情で、水島は夜空を見上げている。


「答えは単純ですよ。お願いされた相手が、田崎という男だったからです」


 それを聞いた時、水島の瞳の奥が微かに揺らいだのを、彩香は見逃さなかった。


「田崎は昔から、ずる賢くて狡猾な男でした。言葉巧みに人の心を操るのが上手かった。そんな男に騙される人間は、たくさんいた筈です」


 ここに来て、ジョージがやっと口を挟む。


「隼人。そこから先は、野暮ってもんだ」
「構わない。単刀直入に言いましょう、水島先生。あなたは、田崎を愛していた」
「おい!」


 たまらずに、ジョージは風間の胸ぐらを掴んだ。
 だが風間は、眉一つ動かさずに、ジョージの胸元に、取り出した銃を向ける。


「隼人!!」


 彩香が動こうとするが、風間の言葉の方が早かった。


「三年前、社長とジョージがあなたを田崎の所から連れ出した時・・・それは、あなたにとっても都合がいいタイミングだったんだと思います。何故なら、田崎の関心はあの時、美和に向いてましたから」


 水島は動かない。
 彩香は振り上げようとしていた拳を、無意識に下ろしていた。


「・・・それって・・・」
「美和が言っていた『あの人』は、田崎です」


 そう言った風間の言葉には、怒りが込められていた。
 美和の歌声に魅了されていたのは、風間や佐久間だけではなく、田崎も同じだった。
 田崎は言葉巧みに美和に近付きーーそしていつしか、美和も田崎に惹かれていった。
 その時は知らなかったのだ。
 田崎が、あの薬のバイヤーである事を。
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