TRIGGER!2
 最初にここで会った、車椅子に乗っていたこの少女の母親も、佐久間の患者であった“レッドルビー”のママも、同じことを言っていた。
 佐久間は本当に親身になってくれる、いい医者だと。
 その言葉は、嘘ではなかったらしい。
 割れたガラス窓から湿気った冷たい夜風が流れ込んできて、彩香の髪の毛をそよがせた。
 彩香は、ゆっくりと銃を下ろして、肩に巻きつけたホルダーにしまった。
 そして回れ右をすると、少女を縛っていたロープに手を掛ける。
 黒ずくめがまた一発、二発と彩香に向けて発砲した。
 少女は怯えた眼差しで、彩香に向かって必死に首を横に振っている。


「威嚇だけだから心配ねぇよ。お前の主治医と違って奴らは銃に慣れてるからな。それにさ」


 彩香は、少女に笑顔を向けた。


「昨日はキツい事言ってゴメンな。あの後さぁ、ウチの仲間に怒られちゃったよ。でも、元気付けたかっただけなんだ」


 その言葉に、少女は何度も頷く。
 彩香は、解いたロープを床に落とし、少女を後ろに庇ったまま、またドアの方を振り返る。


「その薬を飲んだら、あたしはこの街に来てからの記憶を無くすって事だよな」


 低い声で、彩香は言った。
 佐久間は黙っている。


「この街で峯口彩香として過ごした記憶・・・この街で出会った奴ら・・・アホみたいな連中ばっかだったよ」


 だけどな、と、彩香は続けた。


「お前らの本当の雇い主よりは、何百倍もまともな連中ばっかだった。そして、あたしの本当の父親なんかよりも・・・あの」


 グッと、喉の奥から声を絞り出す。


「あのオヤジの方が・・・どれだけ・・・」


 肩を震わせる彩香の背中を、少女がじっと見つめていた。


「渡せよ」


 だがすぐに顔を上げ、佐久間に手を伸ばして、彩香は言う。
 そして、黒ずくめに向かって。


「あたしが薬を飲むのは、こいつらを解放してからだ」
「駄目だ」


 黒ずくめの1人が言った。


「薬は佐久間が飲ませろ。そして、間違いなく飲んだか確認するんだ」


 ったく、と彩香は舌打ちをする。
 そして、佐久間に歩み寄ると、その手から薬を受け取った。
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