TRIGGER!2
「・・・取り引き?」


 持ち上げていた銃を下に下ろし、重々しい沈黙を破ったのは、彩香だった。
 だが彩香の後ろでその表情が見えないジョージと風間にも、手に取るように分かっていた。
 今の声音・・・彩香じゃない。
 いつもの感情むき出しの声音とはかけ離れた、抑揚のない、単調な口調だった。


「薬の効果を無力化する・・・そんなものをあたしに飲ませようとしているのか」


 田崎も彩香の雰囲気の変化には気付いたようで、わずかに目を見開いて彩香を見つめている。


「それは、こっち側の意向を無視するという事になるけど、それでも構わないと?」
「・・・い、いや・・・」


 彩香の言葉を聞いて、明らかに狼狽える田崎。
 だが彩香は、表情を変えずに。


「お前はあたしの事を知っているらしいな。だけどここでの仕事は終わった。最後に、こちら側の意向を裏切ろうとしている男を見つけたけど」


 物音一つしないフロアに、彩香の声だけが響く。
 彩香の、この街での仕事は、終わった。
 だからアイツは、佐久間を使って自分に薬を飲ませた。
 これは、いつもの事だ。
 だが田崎はその事情を知っていながら、敢えてその効果を中和させる薬を、取り引きの材料として提示してきたのだ。
 それは明らかに、アイツに対する裏切り行為だ。


「あっ・・・あ・・・」


 数歩後ずさり、田崎は震える手をゆっくりと肩の上まで上げた。
 その背中が、ステージにぶつかる。


「とうした? 何かの合図か?」


 唇の端を釣り上げて、彩香は言った。
 田崎は真っ直ぐに上げた手を、一気に振り下ろす。


「撃てェ!!」


 ジョージと風間は見えない敵に焦る。
 ーーだが。


「合図、だろ?」


 彩香は、田崎に向かって笑いかける。
 田崎は固まったように動けないでいた。
 その微笑みは、たった今まで田崎が共同契約を結んでいた相手ーーこの世で最も恐れられている、背の高いあの男ーーの顔を思い出させるような、冷徹なものだった。


「バカだね。合図ってのは」


 彩香は軽く右手を上げた。
 ステージ上の田崎の真後ろに1人、カウンターの中に2人、そして入り口付近に1人。
 それぞれが銃を構えながら、黒ずくめの男達が姿を現す。
 クライアントである田崎よりも、彩香の指示に従うように。
 何処にも逃げ場がない田崎は、苦悶の表情を浮かべながら激しく首を横に振っていた。
 彩香は人指し指を田崎に向ける。


「こうするんだよ」


 指鉄砲さながら、彩香が引き金を引こうとした、その時。


「ちょっと待ちなさい」
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