TRIGGER!2
 これも、いつもの事だから。
 あっちは大人で、体格も腕力も13歳の自分よりはるかに上だから。


「・・・・・・」


 だけど、今日は違った。


「ムカつくわ。あんたなんて生まなきゃ良かった。あんたなんて、いなくなればいいのにーー!」


 足蹴りは、暴言と同じ長さで続く。
 ーー永遠に。
 ・・・いや、違う。
 今日は朝から、不快だったから。
 もう、痛みなんて慣れすぎていて、痛みと言う感覚がどんなものなのかも忘れてしまった。
 だからそのままゆらりと立ち上がる。
 いつもと違うこっちの行動に、あいつは少し・・・ほんのわずか、驚いたのかも知れない。


「何よ」


 心持ち後ずさり、あいつは、こっちを見た。
 “見下ろした”のではない。
 目線は、自分とあまり変わらない高さだった。
 いつの間に、あたしはコイツと同じくらいの背の高さになっていたのだろう。
 それをはっきりと認識していたのかどうかは、覚えていない。
 後ろ手に無意識に触れたのは、ペティナイフだった。
 ・・・覚えてないんだ。
 ただ、あの日はたまたま偶然、朝から機嫌が悪かっただけなんだ。
 何時もはあいつが起きてくる夕方から、夜の仕事に出掛ける間だけ、不快さを我慢すればいいだけなのに。
 今日は。
 その我慢が、限界を超えた。


「ギャァァァァァ!!!」


 生まれて初めてナイフで人間を切りつけた感覚も、この世のものとは思えない大袈裟な悲鳴も、鮮血にまみれたあいつの顔も。
 右手にベッタリと張り付く、アイツのマニキュアと同じ色をした返り血も。
 真っ赤に染まったペティナイフを目の高さに上げてみても、別段、何の感情も湧かなかった。
 ただ、あの日は朝から、不快だっただけーーー。 



☆  ☆  ☆



 蒸し暑い。
 セミがうるさい。
 右腕を動かし寝室のエアコンのリモコンを探すが、どうやらこの近くにはないらしい。


「・・・ったく・・・」


 こんな時間に目が覚めるとは思ってなかった。
 蒸し暑いからなのか、それとも夢見がーー。
 間違っても、真昼の日差しのせいではない。
 この部屋に入ってくるはずの日差しは、遮光カーテンによって完璧に遮断されているのだから。
 だがこうも暑くては、もう一度眠るなんて出来そうになかった。
 仕方なく、よっこらしょとベッドの上で起き上がる。
 たまには真昼のベランダで冷たいビールを飲むのもいいかも知れない。
 そう思い、彩香は床からショートパンツを拾って履くと、寝室のドアを開けた。
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