TRIGGER!2
 何処からかそんな声が聞こえたような気がして、彩香ははっとして後ろを歩いている女を振り返った。
 今は身長も彩香と同じくらいで、肩くらいの髪の毛を2つに分けて耳元で縛っているが、これは本来の姿ではない。
 それに、この女の声を、彩香は一度も聞いたことがない。
 当然、たった今、こいつが喋った訳でもない。
 彩香は軽く頭を振った。
 胸クソ悪い記憶なんて、敢えて思い出す事もない。
 生きて行く為にいつの間にか、そんな技を修得していた。
 だから、どんなに夢見が悪くても。
 起きている間は、彩香は彩香で居られる。


「早く来いよ」


 三歩離れてついて来る女にそう声をかけると、女は小走りに彩香に追い付いた。
 2人並んで、深夜の繁華街を歩くーー。



☆  ☆  ☆



 最初に到着したバー“ムスク”は、この繁華街の中心部にある三階建てのビルの最上階にある。
 アーリーアメリカン調の、少しレトロな雰囲気を醸し出す、落ち着いた店だ。
 道路に面した側は全面ガラス張りになっていて、ここからでも店の中が見えた。


「閉店してるみたいだな」


 人影は見えるが、どうやら掃除をしているらしい。
 どうやって店の中に入るかーー。
 彩香が店を見上げながら考えていると、不意に女が右手を引っ張って歩き出した。


「え?」


 そんな彩香に構わずに、女は彩香を連れたまま階段を登り“ムスク”と書かれた木彫のドアを開ける。


「あぁごめんなさい、今日はもう閉店なんですよ・・・」


 掃除をしていたバーテンダーは、そう言いながら顔を上げ、その途端、持っていたモップを落とした。


「小百合ちゃん!」
「・・・え?」


 誰の事かと面食らっていると、バーテンダーは彩香の隣に立っている女に駆け寄り、その手を取った。


「そろそろ来てくれないかなって思ってたんだよ、小百合ちゃん!」


 どうやら小百合ちゃんと言うのは、この女の事らしい。
 あっけに取られてその様子を見つめていると、バーテンダーはカウンターに上げてある椅子を下ろして、こっちに勧めてくれる。


「久しぶりだね、一杯飲んで行ってくれるんでしょ?」
「でも、閉店してるんじゃ・・・?」
「構いませんよ。お友達もご一緒にどうぞどうぞ!」


 やたらと嬉しそうに、バーテンダーは彩香と女をカウンターの椅子に座らせた。
 そして、自分はカウンターに入り、グラスを用意する。


「小百合ちゃんはいつものロングアイランド・アイスティーでいいよね? お友達は?」
「じゃ、マティーニ」


 彩香は遠慮なくカクテルを頼み、隣に座っている女を見つめた。
 ニコニコしながら座っている女。
 いや小百合ちゃん。


「お前、小百合っていう名前なのかよ?」


 小声で聞くが、女は答えない。
< 43 / 206 >

この作品をシェア

pagetop