TRIGGER!2
「“スターダスト”の美和ちゃん」


 彩香の眉が、ピクリと動く。
 赤いドレスの、あの女。
 だがあれは四階の住人だ。
 “ムスク”のバーテンダーや“レッドルビー”のママの反応を見ていると、アイツは今はもう居ない人間に変装している。
 何のためにそんな事をしているのか、全く理解出来なかったが。


「アイツは偽者だろ」


 彩香は、真っ直ぐに友香の目を見つめる。
 そんな視線を受け止めて、それでも目を逸らさずに友香は言う。


「偽者だろうが本物だろうが、そんな事あたしには関係ない。あたしが彼女を助けたい、そう思っただけよ」
「不毛だな」


 嫌悪感をあらわにして、彩香は言う。
 それと同時に、あの四階の住人にも、少なからず苛立ちを覚えた。
 何故、そんな事をする?


「・・・あなたは」


 ゆっくりと、友香は言った。


「あなたは、まともだわ。とても・・・」


 その言葉を聞いた途端、彩香の脳裏にフラッシュバックのように浮かび上がる光景。




『あんたなんてーー』
『彼女は危険でーー』
『さすが、母親をーー』
『ーー何処にいても同じだ。来なさい、さぁーー!』




「ーー!!」


 考えるよりも早く、彩香は友香の胸ぐらを掴んでいた。
 だが振り上げた拳は、一瞬ためらった後、力なく下ろされる。
 それでも視線は、真っ直ぐに友香を見つめたまま、彩香は低い声で言った。


「・・・あんたにあたしの何が分かる」
「過去は誰にでもあるわ。例えそれがどんなに辛いものだろうと、悲しいものだろうと」


 掴んだままの彩香の手を、友香は包み込むように握る。
 そして、意志のこもった強い視線で、真っ直ぐにこっちを見つめ。


「過去は消えない。何があっても・・・!」
「・・・っ!」


 そんな事は分かっている。
 だがそれが、どうしたというのだ。
 友香の胸ぐらを掴んだ手に、無意識に力が入る。
 過去が何だ?
 彩香にとっては、どうでもいい事だ。
 ーーいや。


『自分の過去には、誰にも触れて欲しくない』


 彩香の手が震えているのは、間近にある友香の瞳が、あまりにも真っ直ぐにこっちを見ていたからだ。
 まるで、この言葉には微塵も非がないとでもいうように。
 そして自分は、その視線が怖かった。
 友香が自分の触れて欲しくない部分に入り込んで来そうな、そんな恐怖を感じた。


「お願いがあるの」


 自分の胸ぐらを掴む彩香の手を握ったまま、友香は真剣な声音で言った。


「彼女をーー助けて欲しい」
「何であたしが!」


 言い返そうとして、彩香は気付く。
 震えているのは、友香の手だ。


「え? おい!」


 よろけた友香の身体を、彩香は慌てて支えた。
 友香の呼吸は荒く、とても苦しそうだ。


「どうしたんだよ!?」
「あはは・・・もう、限界かも」


 大きく息を吐きながら、友香は苦笑した。
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