TRIGGER!2
「で、お前は何してたんだ?」


 ショーにはあまり興味なさそうに、ジョージが言った。
 峯口に言われて四階の住人と一緒に“ドア”の確認をしていた事、昨日のショータイムにそいつが美和としてステージに上がっていた事、そして今日、店長の佐武が、美和の事は覚えていなかった事を、彩香は告げる。
 ジョージは椅子の背もたれに深く寄りかかり、腕組みをして考え込む。


「覚えてない、か」
「こういう商売ってさぁ、お客の顔なんてすぐ覚えるだろ。だけどあたしのことはおろか幻のダンサーっつってた美和まで覚えてないんだよ。も、訳が分からねぇよ」


 肩をすくめる彩香。


「お客も従業員も、昨日の事を忘れてるって感じなんだな」


 そう呟くジョージに、彩香はふと思う。
 さっき佐久間が言っていた。


『過去そのものを忘れてしまえばいい』


 もし、佐武や客たちが昨日の美和の事を忘れたのだとしたら。
 もし、今ステージで踊っているあの少女が、悩みの根源となる過去を忘れてしまったのだとしたら。
 この話は容易に説明出来る。
 そんな事があり得れば、の話だが。


「んな事あるか」


 吐き捨てるように、彩香は言った。
 そして、気分を変えるようにジョージに向き直る。


「つか、何でもっと早く美和の事、教えてくれねぇんだよ?」


 彩香が美和の事を尋ねた時、ジョージは何も答えてはくれなかった。
 そんな事情を知っていれば、もう少し近道が出来たかも知れないのに。
 すると、ジョージは少しだけ暗い表情を浮かべて。


「まぁな。あの時ゃ、お前を巻き込むつもりは全くなかったんだよ。だけどオヤジはどうやらこの件に彩香を巻き込みたいらしい」
「巻き込むって・・・仕事だろ?」
「仕事、か」


 そう呟いて、ジョージはタバコをくわえて。


「あのタヌキ、何考えてやがる・・・」


 そんなジョージの声は、ステージで歌っている少女の声にかき消された。


「それにしても、テメェが居ない間にあちこちでゴタゴタが起きてるんだよ。イチゴが撃たれたし、六階のアホな医者がさらわれるし」
「あぁ」


 ジョージは短く答える。
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