TRIGGER!2
 気付いたらもうショータイムは終わりのようで、フロアは大きな拍手の渦が巻き起こっていた。


「そんな都合のいい薬があるか」
「お前も知ってる薬だよ。気付いてないのか?」


 そう言われて、彩香は考えを巡らせる。
 自分も知っている薬。
 誘拐された、水島千絵。
 そして、この店のオーナーをしている心療内科の医師、佐久間忠彦。
 共通するのは『記憶を無くす薬』だ。
 前回の一件でジョージがアリスというホステスに飲ませた、水島千絵が開発したという、あの薬。
 だとしたら。


「やっと分かったか。まず抑えなきゃならねぇのは、ここのオーナーだ」


 優秀な精神科医、そしてこの“スターダスト”のオーナーである佐久間。
 その佐久間と最初に会ったのは、あっちの世界で佐久間が開業しているクリニックの裏庭。
 佐久間は『あっちの世界』の事を知っている。


「・・・あ」
「あ、じゃねぇよ」
「あのエロオヤジ、どっかに消えたな」


 振り返ってカウンターに視線を送ると、佐久間の姿はなかった。
 飲み干したビールの瓶をテーブルに置いて、彩香は腕組みをする。


「それが分かってたら、さっき一発で捕まえられたのに」
「あのな。そう出来るなら俺はお前が佐久間を殴るのを黙って見てた。だがなぁ、まだ色々分かってねぇだろ」
「何がだよ?」
「この件の全容、だ」


 彩香にしてみれば、あの医者をさっさと捕まえて脅しでもすれば、わざわざ泳がせる事もないと思うのだが。
 だがジョージと言うとおり、佐久間クリニックで風間とドアを確認しに行ってから起こっている一連の出来事は、それで解決出来るような単純なものではない。
 それにな、と、ジョージは少し表情を曇らせた。


「この薬の一件っつうのは、今に始まった事じゃねぇんだ」
「・・・・・」


 この男が珍しく見せた、過去を悔やんでいるような表情。
 そんな顔を見ていたら、彩香は何も言えなくなった。
 ただ、ジョージも風間も、何もないのにここまで動く人間ではない。
 じゃあ何故、単独行動をとってまでこの件に関わろうとするのか。
 それは、美和だ。
 彩香にはまるで面識のない美和のために、2人とも動いている。


「・・・過去の亡霊に捕らわれたら、いいことないらしいぜ?」


 そう小さく呟いた彩香を、ジョージはキョトンとして見つめた。


「ん? 何か言ったか?」
「何でもねぇよ」


 深いため息をついて背もたれに寄りかかり、彩香はこめかみを押さえた。
 友香が言っていたように、過去は誰のモノでもない。
 過去は自分だけのもの。
 誰も踏み入れる事の出来ない領域。
 そして、踏み入ってはならない領域ーー。
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