私だけの魔法の手。
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その日は金曜日なのに。
否、金曜日だから、いつもよりも残業をしてしまって、終電も間際で焦って駅に向かう。
無意識で美容院の前を通るコースを選んじゃったけど、さすがにもう、店内に明かりは点っていなかった。
時間を確認して駅のホームに行けば、向かい側のホームのベンチに、美容院のあの時の男の子が一人座っていて。
途端に心臓が跳ねて、どうしよう、とキョロキョロとしてしまった。
死角になりそうな場所でそちらを見れば、どうやら男の子は眠ってしまっているらしく。
アナウンスが入って向かい側の最終電車が来る、って言ってるのに。
男の子は起きる気配がないし、近くにいるおじさんは知らん顔をしているし。
「あー、ちょっ……あ、そっか…名前知らないよ…」
恥を忍んでこっちのホームから呼び掛けようとして、当たり前だけどその子の名前を知らない事に気付く。
どうしよう、と思った次の瞬間には駆け出して、階段を下りて向かいのホームへ向かった。