私だけの魔法の手。
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はじめて声を聞いたのが一週間前。
自分でもビックリしたんだけど、ドキドキして顔に熱が篭もるのが分かって、恥ずかしくてしょうがなかった。
服は…普通にパンツスーツだったけど、髪も適当にクルクル纏めて上に上げてただけだし。
知り合いに会う事なんて前提にしていないから、化粧直しどころか鏡を見る事すらしないで会社を飛び出してきた。
時間も時間だし、鏡なんか見なくても、自分の顔が疲れてるのは充分に分かっていた。
毎晩遅くまで練習してるから疲れてるのは同じだと思っていた男の子は、身だしなみも髪もきちんとしていて、夜のそんな時間なのに笑顔すら爽やかだった。
なんだか自分が女としてダメなような気がして、こんばんは、と返すのが精一杯だったから。
何か言い掛けた男の子の前を、会釈だけで足早に通り過ぎてしまったのだ。
馬鹿みたいだと思うけど、あれからあの道は通っていない。
毎日、駅に向かう、近道だけどちょっと薄暗い道を通っている。
あんな事、あの子が気にしてるはずなんかないのに。
私は。――― 私はもの凄く、後悔しているから。