僕が彼女にチョコを貰えなかった理由
付き合い始めて間のない頃。


「これ、お土産。」


うちに遊びに来た龍人が持って来たのは小さいケーキの入った箱。


「やった!ありがとう!!」


甘いモノが大好きな私はわくわくしながらケーキの箱を開けた。


そこに入っていたのはシンプルなチョコレートケーキ。


付き合ってわかったことだけど、龍人の家はケーキ屋さんだった。


持って来てくれたケーキは、ショコラティエのお父さんとパティシエのお母さんが一切の妥協を許す事無く作った、店の看板商品だった。


しっとりしていて滑らかな口溶けのそれは、間違いなく私が生きてきた中で食べた一番美味しいチョコレートケーキだった。



それから、私の食べる姿はよっぽど嬉しそうなのか、色々なケーキを持って来てくれた。


それはどれもとても美味しくて私を幸せな気分にしてくれた。


それに、小さいケーキの箱をちょっと恥ずかしそうに持って来る龍人は何だか可愛くて、その龍人を見るのが彩花達にも話してない私のささやかな楽しみだった。


数ヶ月後のバレンタイン。


私は龍人の為にチョコレートケーキを焼いた。


甘いモノを食べるのが好きな私は、作るのも好きだった。


我ながら綺麗に焼けたとルンルンで箱に詰める途中、私の頭に小さなケーキの箱を持った龍人が思い浮かんだ。


その姿を思い浮かべた途端、不安になった。


何度か作って食べた事のある自分のチョコレートケーキ。


確かに、まずくないと思う。



でも、龍人の家のチョコレートケーキとは雲泥の差だ。


それに、龍人はあまり甘いモノを食べない。


いつも、私が食べるのを見てるだけ。


嫌いってわけじゃないけど、好きでもないらしい。


あの美味しいチョコレートケーキにすら興味がない龍人が私の作ったチョコレートケーキなんかで喜んでくれるだろうか。


そう思うと、何だか、あげない方がいい気がした。
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