春を待ってる
ヤバいってば……
狼狽えてしまいそうな私の心に射し込んだ光は、母の駆けてくるヒールの音だった。マンションのエントランスから出てきた貴一のお母さんと私のお母さんは、よく似たスーツに同じ色のコサージュ。
「お待たせ、ごめんね」
「遅えよ、美咲と先に行こうかと話してたところ」
貴一の吐いた言葉には、僅かな苛立ちが感じ取れる。
やっぱり何か企んでいたらしい。
まあまあ、そんなに気を落とさずに。
「どうせ目的地は同じなんだから」
と言うと、貴一はにやっと笑って。母たちの冷やかしを聞くなり、私の手を握って駆け出した。
結構な速さだから、足が絡まりそうになる。
「待ってよ、速いって……」
引き止めたつもりの手が引っ張られて、貴一の腕へと絡め取られた。だけど歩調は私に合わせて緩やかに、肩を寄せて頭をもたせかけてくる。
「これからも俺と、ずっと一緒だからな」
降ってきた貴一の声は風に舞う花びらのように、私の気持ちを上向きに、きらきらと輝かせる。
「しょうがないなあ……」
いいよ、これからもずっと一緒に居てあげる。