アンドロイドと愛を学ぶ
高級車の内部構造に目を奪われているうちに、東とはロクな会話も無いまま、
とある一角で停車した。
それも普段私が寄り付きもしないような、高級レストランだった。
「あのー……私、お金無いんですが……。冗談抜きに。切実に」
「わかってるよ」
「え、……そんなに貧乏くさくみえる…?私……?」
「ん……………あ、いや……アルバイト情報誌持ってたから」
「最初の微妙な間が気になるんですけど…」
「はは、気にするなよ」
あ、笑った。
この小さな笑みは高校時代から少しも変わってないなぁ。
「まあ、奢るから好きなの頼めよ」
「え……いいの…?」
「どうぞ」
「じゃ、じゃあ……この一番やすい奴で……」
「気にせず好きなの頼めばいいのに」
「いいんです」
「……お前のそういうとこ、相変わらずだな」
東はボソとつぶやいて、近くにいたウェイターに注文をとった。
しばらく間ができて、私はまず何からどう切り出すべきか頭の中で整理を始める。
東はいわゆる“幼なじみ”という奴だ。
本名は相川東(あいかわ あずま)
幼稚園の頃から何かと付き合いがあったけれど、高校卒業後に東が地元から離れた大学に通うようになってからは、
連絡は一切とりあっていなかった。
まあ、幼なじみといっても、わりと淡白な関係なのだ。
だから、高校を卒業してから顔を合わせるのは、本当に今日が初めてのことだった。
ー…元気にしてた?ー…大学はどうだった?
ー…何を勉強してたの?ー…今は何してるの?
次から次へとわき出てくる問いを一つ一つ順序だてていると、
おもむろに東が口を開いた。
「バイト探してんの?」
「え? あ、うん。結構カツカツでさ、今やってるバイトだけじゃ厳しくなってきて。
もう一個やろっかなーって」
「へぇ…良いのありそう?」
「うーん……情報誌パラッと見てみたんだけどね、募集自体少ない感じ」
「まあ、そうだろうな」
「今や何もかも全自動、オールマシンの時代だもんね……。コンビニの店員すらアンドロイドで事足りちゃうし」
やれやれと、肩をすくめると、ウェイターがワゴンを押して料理を運んできた。
「お待たせいたしました」
丁寧に頭を下げながら、私と東の前にそれぞれの注文した料理を並べる。
「失礼します」
最後にもう一度深く御辞儀して、ウェイターはワゴンを押して去っていった。
「NTR-HOO3766」
「……は?」
「今の。うちの会社の最新型アンドロイド」
「え……えっ!?…今のウェイター!?
アンドロイドなの!?」
「あぁ」
「嘘…」
全然わからなかった……普通に人間だと思った。
ーーいや、それよりも。
「“うちの会社”って言った?今?」
「うん」
「え、東って……まさかファーストロイドに勤めてたり……?」
「そう。新入社員一年目。」
「ま、マジですか……」
ファーストロイド社といえば、ロボット開発事業のトップに立つ大企業だ。
今や世界中にあふれかえっているロボットのほとんどが、ファーストロイド社製のものといっても過言ではないだろうと思う。
一言でいえばエリート企業なのだ。
「どうりであんな高級車乗ってたわけね……。お給料高いもんね……」
「その分仕事は大変だけど。責任重大だし」
「そうだよね……。でも、いや……すごいよ本当。よく入れたね……」
「真面目に勉強してたからな」
「そっかー……。そうだよね」
東は昔から頭が良くて成績もトップだったもんなぁ。
まあ、少し性格がひねくれてるところがあったけど根はまじめだし
ビックリしちゃったけど、後から考えて見れば、東がファーストロイド社に就職したことは別にそれほど驚くことでもないかもしれない。
バリバリの理系で、高校時代も機械工業専攻してたって話しだし。
「おめでとう!ファーストロイドなら一生安泰だよね」
「はは。どうだろうな」
「そうだよ。世界のファーストロイドだもん。開発も順調そうじゃない?さっきよウェイターがアンドロイドとか、全然分からなかったし」
「……凪んとこの琥珀(こはく)ほどじゃないだろ」
「あはは、琥珀は全く別物でしょう。あれはもうアンドロイドじゃないよ」
「アンドロイドだろ」
「そうだけど、そうじゃないの」
「……」
「…カツカツだって言ってたけど、生活そんなにヤバいのか?」
「んー、別に贅沢しなければ生きていけるレベルではあるけどね?この時期暖房代がかかるんだよねぇ…。琥珀、寒がりだし」
「アンドロイドなのに」
「琥珀は暑いのも寒いのもだめなんだって。体の中の素材の温度が微妙に変化するとかで」
「やっぱアンドロイドだな」
東はクスリと笑った後、不意に背筋を伸ばして顔を引き締めた。