未来ーサキーの見えない明日までも。
一章≫春、桜舞う日の変化。
春という新しい季節を迎えた時枝家の朝は、前年度と変わらず騒がしい。
長女・祥花(サヤカ)は慌てて髪をとかし、カバンを持って一階に下りる。
バタバタと聞こえて来る騒音に、一家の主・時枝祥多(ショウタ)は珈琲を持ちながら苦笑いを零す。
長男・奏多(カナタ)は皿洗いを終え、青のエプロンを脱いだ。
「あー、もう嫌あぁぁっ! 始業式早々に寝坊するなんて!」
祥花は嘆きながらリビングに飛び込む。
「おはよ、お母さん」
窓際に立てられた母の写真に挨拶をし、ぽつんと置かれた朝食の前に座る。
「緊張して眠れなかったのか?サヤ」
祥多はふわりと優しく笑み、祥花の前で珈琲を啜る。
祥花は泣きそうな顔でこくこくと頷くと、すっかり冷めてしまったフレンチトーストにかぶりつく。
「奏多! アンタ何で起こしてくれなかったの!」
言いがかりをつけながら、もぐもぐと口を動かす。
すると奏多はくるりと振り返り、呆れをすっかり通り越してしまった顔で言った。
「五回起こした」
冷めた声と冷めた目で祥花を貫くと、黒のリュックサックを持ち上げる。
「行って来ます」
小さく呟き出て行こうとする奏多を、捨てられたような顔をして祥花は引き止める。
「待って奏多ー! 置いてかないでー!」
まだ残っているフレンチトーストと背中を見せる奏多を交互に見ながら、祥花は究極の選択を強いられる。
今から追えば間に合う。が、食べ残して行くとお腹が空く。かといって、食べながら歩くのはみっともない。
パタンとドアの閉まる音がリビングに届く。
「父さんは奏多を追う事を勧めるぞ。緊張してるのに一人で行くのはつらいだろうからな」
「ゔー…そうする! 行って来ます!」
祥花は椅子の傍に立てて置いてあった紺色のスクールバッグを肩にかける。
「気をつけて行って来い」
「はーい!」
大きな返事をしてからリビングを飛び出して行った。そんな祥花を見送り、祥多は窓際の今は亡き妻の写真に目を向ける。