未来ーサキーの見えない明日までも。
遠足から二日後、祥花は微かに聴こえるピアノの音で目が覚めた。
眠い目を擦りながら起き上がり、締め切られたカーテンを開ける。ちょうど奏多も目覚めたところだったらしく、欠伸をしながら頭を掻いていた。
「いつも通りの起床?」
「当然」
「じゃあまだ5時ぃ…?」
「良かったな。早起きは三文の得だ」
「ゔぅ」
時枝宅には一階に防音のピアノ室がある。それはちょうど子供部屋の下であるせいか、音が少し漏れている。
祥花はカレンダーに目をやった。
9月16日、日曜日。日付は黒ペンで囲われている。
時枝家にとって一年間で最も大切な日である今日は、朝から晩まで墓参り以外は延々とピアノが響き続ける日。
「花の歌…」
母が好んでよく鼻歌を歌っていた曲が、下から聴こえていた。
「この次は夜想曲だな」
奏多はぽつりと呟き、タンスを開けた。衣類を取り出し、洗面所へ向かう。
洗面所で奏多が、部屋で祥花が着替えるのが当然の流れ。
着替えて一階へ下りた祥花はピアノ室を見つめ、リビングに入った。
奏多は既にキッチンに入っている。
祥花は窓際に近寄って母の写真立てを手に取った。
「おはよ、お母さん。今日も一段と愛されてるね」
はにかむように笑いながら、祥花はそのままその写真をテーブルの上に置く。
「奏多、今日の朝ご飯は?」
「サンドイッチ」
「日曜の朝はいつもそれだったよね」
懐かしむように遠い目をする祥花を横目に、奏多は冷蔵庫から卵やハム、レタスを取り出した。
鍋に卵と水を入れて火にかけ、蓋をする。
「手伝おうか」
迷っている様子で申し出た祥花を、奏多は一刀両断する。
「要らない」
「だ、だよね」
分かりきっていた事だが、勇気を出して申し出た分、落ち込んだ。
「ガトーショコラ作る時に手伝え」
無表情なままパンにバターを塗りながら奏多は言った。
祥花は目を見開き、嬉しそうに頷く。