未来ーサキーの見えない明日までも。
「もう中学三年生だってよ。俺ももう38だぞ」


 八年前、誰にも病名を明かす事なく手紙だけを遺し突然逝った妻・花音(カノン)。

 最期まで家族全員の事を想って逝った。


 忙しさにかまけ、花音の病気にも気づかずに一人で抱え込ませ、何も出来なかった。何もしてやれなかった。傍にいてやる事すらも。

 今でもそれが悔やまれる。


「花音。俺達にとって特別だった中3を、サヤと奏多が今日迎える。不思議な感じだな」


 笑いながら、ぬるくなった珈琲を啜る。


 花音が亡くなってからというもの、仕事──ピアノの没頭し、子ども達に寂しい思いをさせた。しかし、彼女らは文句一つ言わずに祥多を支えた。

 僅か7歳の子どもが泣きたいのを必死に我慢し、家の事をこなしていった。そんな姿を見せられ、祥多は少しずつ立ち直らざるをえなかった。


 そうして、今がある。


「あの子達にとって良い一年になるといいな」


 祈りにも似た言葉を呟きながら、祥多は最後の一滴を飲み干した。















 ドアを開けると、すぐ傍に奏多が立っていた。無表情な彼は、祥花が出て来るなり歩き出す。


「待っててくれたの?」

「一分だけな」


 祥花は待ってくれていた奏多に嬉しそうに笑い、奏多に駆け寄る。肩を並べて歩き出す。


「並んで歩くな」


 そう言って更に早足になる奏多を慌てて追う祥花。


「いいじゃん、別に。身長気にしてんの?」

「祥花には関係ない」


 奏多はそれっきり黙ってしまった。祥花も黙り込む。


 二人は二卵性双生児だ。祥花が姉で、奏多が弟に当たる。

 双子であるにも関わらず、祥花と奏多には6センチの身長差がある。祥花が156センチで、奏多が150センチだ。

 女である祥花の方が高いというのは、男である奏多にとっていささか格好がつかない。


「怒んないでよ」

「怒ってない」

「ほんとに?」

「諄(くど)い」


 冷たくあしらう奏多。

 昔からこうだ。必要最低限の事しかしゃべらず、長々と話をする事がない。気づけばいつも一人で本を読んでいる。正に、一匹狼。
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