未来ーサキーの見えない明日までも。
 ガトーショコラは母の大好物。命日にはいつも奏多はそれを作って墓前に供えていた。


「私頑張る!」

「頑張らなくていい」

「何で?!」

「言っただろ。祥花は要領が悪い」


 奏多は悪びれもなく言いきった。祥花は口を尖らせ、不機嫌さを露にしながらも言い返さない。否、言い返せない。

 奏多を相手にするのを無謀だと諦めた祥花は、ピアノ室の方へ目を開けた。


 今日だけは祥多は食事も摂らずにピアノ演奏に没頭する。誰が何を言っても大抵、聞く耳持たず。

 墓参りは午後3時。時間になれば祥多の方から出て来る。

 祥花達はそれまでピアノ室に近づこうとはしない。何となく踏み込めない雰囲気がピアノ室の前を漂っているのだ。


 祥花は一人で母の死を悼んでいるであろう祥多を思い、寂しそうに顔を歪めた。

 どれだけ母の言葉を伝えても慰めても祥多は、花音を看取れなかった事をずっと責め続けている。そのピークが、この命日の日。


 祥花は溜め息を吐いてテーブルの上に突っ伏す。


 父にとっての母の存在はあまりにも大きすぎた。

 写真の中の母を見つめる。


「お母さん……」


 自分の不甲斐なさに泣けて来る。どうする事も出来ない。


「切ないね」


 人は何故、生まれては死に逝くものなのだろう。

 そして人の死は何故こんなにも侘しさを残してゆくのだろう。


 祥花は考えながら目を閉じた。

 ピアノ室から微かに聴こえる夜想曲に身を任せ、深い眠りに落ちていった。















 いつの間に眠っていたのか、祥花は目を覚ました。小さな欠伸を漏らしながら、体を起こす。

 かけられていた毛布が肩から滑り落ちそうになり、掴んで肩まで引き上げた。


 時計に目をやると、やがて2時になるところだった。八時間近くも眠っていたのかと半ば驚きながら辺りを見回す。

 静かなリビング。目の前にはラップをかけられたサンドイッチ。見当たらない奏多の姿。
< 50 / 78 >

この作品をシェア

pagetop