未来ーサキーの見えない明日までも。
「お父さんにだって泣きたい時くらいあるよ」

「……まさか、」


 祥花はにやりと笑ってカバンから香水を取り出して見せた。

 奏多はしてやられたと顔をしかめる。


 そよそよと吹き抜ける風は、秋晴れのせいかあまり冷たいとは感じない。


「今日この日はお父さんが一番つらいと思う。命日ってだけじゃなく、看取る事すら出来なかった事がお父さんを苦しめる」


 祥花は木に凭れて哀愁を漂わせる。


「今日は我慢して来た一年分の涙を流してもらわなきゃ」


 ね?と同意を求めて来る祥花に、奏多は溜め息をつきながら木の根に座り込む。

 それからポケットに入れてあった薄っぺらい文庫本を黙々と読み始めた。


 祥花はふわっと笑い、目を閉じて吹き抜ける風を一身に感じる。


「ねぇ、奏多」 


 眼鏡を着用し、既に本の世界に入り込んでいる奏多に声をかける。

 ピクリと小さな反応を見せるが、顔は上げない。


「好きな事は、ピアノ演奏と読書、お父さんからのレッスン」


 いきなりの言葉に、奏多は顔を上げた。しかし祥花はこちらを見てはいない。

 遠い空の彼方を見つめている。


「得意科目は国語と数学。部活は帰宅部。目立つのが嫌いで、器用だから家事担当。1月26日生まれのB型、身長150センチ、体重……」

「何なんだよ、一体。個人情報ペラペラ喋りやがって」


 詮索される事が嫌いな奏多は怒りを露にした。

 祥花は奏多の隣に腰を下ろす。


「私の知ってる奏多ってさ、トシ君でも知ってる奏多なんだよね」

「………は?」

「友達に、奏多って好きな人いるのかなって訊かれて、私全然答えらんなかった」

「いねーよ」

「うん。でも、その時は奏多から聞いてなかったから答えらんなかった」

「………」

「案外知らないんだねって言われて、そうだなって思った。奏多は時々遠くなるよ。何を思っているのか、考えているのか、分からない」
< 56 / 78 >

この作品をシェア

pagetop