未来ーサキーの見えない明日までも。
「先輩は覚えていないと思いますけど、去年の春、図書室で──」


 そうして原は話し始めた。















 去年の春、ちょうど葉桜の頃。

 原は図書委員として放課後の貸し出し当番に当たっていた。

 カウンターで未返却者リストを作成し、クラス毎に分ける作業をしていた最中。


「あの」


 声をかけられて顔を上げると、校内でも有名な時枝姉弟の片割れである祥花が目の前に立っていた。

 この時既に奏多と交流があった原は、奏多の姉だと思いながら祥花を見つめる。


「返却ですか、貸し出しですか」

「違うんです。この本、落書きとか破られてる箇所がたくさんあって」


 差し出された本をパラパラと捲ると、確かに落書きされた痕や破られた箇所が多々あった。

 無類の本好きである原には当然、許せない行為で、腸が煮え繰り返る思いで傷ついた本を見つめていた。


「一応、落書きは消せるだけ消したんですけど……破られてる所、直せますか?」


 消せるだけ消した、という言葉に原は感謝の抱きながら笑顔で頷いた。

 さっきまで腸が煮え繰り返る思いでいたのに、祥花の優しさにほだされる。


 原の笑顔を見た祥花は小さな安堵の息を漏らし、微笑んだ。


「良かった。済みません、手間かけさせて」

「いえ、こちらこそご報告ありがとうございます。それから落書きも消して下さって」

「……その本、好きなんです。その本じゃなかったら多分、報告も落書き消しもしてなかったと思います」

「え…?」

「修理、お願いします。じゃあ」


 原は、祥花ならどの本であってもそうしただろうと思いながら祥花を見送った。

 優しさを受け取った本を、胸に抱いて。















「あれ、原君だったんだね」

「はい」


 経緯を話し終えた原はにっこりと微笑む。

 特に何があった、という事はなかったが、それだけの出来事で原は祥花に恋をした。
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