イマノソラニン
1

ステージの上の貴方と目が合うたびに、
心を鷲掴みにされるような気がした。

小さく口ずさむその歌の歌詞が、
貴方と重なれば、
もっとこの歌を大切にできた。

楽しそうに演奏する貴方も、
難しそうな顔をして演奏する貴方も、
機材が壊れてアタフタする貴方も、
機材が直って安心してる貴方も、
どうしようもなく好きだ。

誕生日プレゼントに、と、
持って行ったブランドの些細なもの。
嬉しそうに笑う貴方を見て、
本当に持ってきてよかったと思った。
「このブランド今凄い好きなんだよね。」
そう言って笑った貴方に、
その数倍の好きを私は持ってるよ。
って言いたかったけど。

私はそんなことを伝えていいような、
「女性」じゃない。
私は彼にとって一人の客で、
一人の女じゃない。
そんなことわかってた。

出会い方が違っていても、
きっと私は彼を好きになっていたろうから、
客と、好きなバンドのメンバー、っていう、
今の関係を幾度恨んでもキリがない。

出会い方が違っていれば、
私も頑張れていたかもしれない。

「いれば」「かもしれない」。
あくまでも仮定の話をする私は、
弱虫だ。
本当は、彼を前にして、
私が気持ちを伝えられるはずがない、と思ってる。
それほどの勇気があれば、
立場が今と同じだって、
気持ちくらい伝えられたはずだ。


およそ1ヶ月に一回のペースで、
彼のバンドは私の行ける範囲のライブハウスに来ていた。
31日分の1日。
私が彼と会えるのは、しかも、
客と演者として。
会えるのは、
そんな僅かな1日。

残りの日に彼が何をしているのか、
私には知る由もない。

彼が特別な女性(ヒト)に、
特別な笑顔を見せて、
特別な一面を見せる。

考えただけで、胸が締め付けられた。

彼を、好きだなあ、と思う感触と似ていた。


どんなに自分が、一番、
彼を想っている、と思っていたって、
私は、大勢のうちの一人でしかない。


現実は、見上げた寒空のように、
私の心に深い闇色を落とす。

イヤホンをして、
彼のバンドの曲を聞く。
恋の歌だった。
片想いの歌だった。

前を向き直したはずなのに、
前には何も見えなかった。






〈End〉
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