イマノソラニン
最寄り駅は、東京の外れにある。
東京の外れ、といっても最近はアジア系の観光客が増え始めて、住んでいるこっちが何の魅力もないと思っていたようなこの街に、いったいどんな魅力が隠れていたのか、知りたいとも別にどうでもいいとも思う。
駅には、北口と南口があって、南口を出ると、巨大ショッピングモールが、北口を出ても、さほど面白いものはない。
私はそんな北口側の1DKに住んでいる。
北口を出ると、動いているのか動いてないのかも定かじゃない時計塔のようなものがある。
その周りに大量のLED電球が着いていた。
それを、イルミネーションであると理解するまでに5秒くらいかかった。
それくらい貧相なものだった。
それでも、それをイルミネーションと認めた私が、「もうそんな時期か。」と思うには充分だった。
少し考えてみれば、去年もこのイルミネーションと呼ばれるものを、見ていた気がする。
そして私は、「綺麗だね。」と言ったんだ。
そして彼は、「そうだね。」と言って笑った。
いま私の隣に、彼はいない。
隣に彼がいるかどうかで、こんなに景色が違うのか、と思うと、切なくなった。
1DKに帰ると、電気をつける。
ちょうど一年前、何も言わずに消えた彼を、私はここで待ち続けている。
布団も、洋服も、下着も、不真面目だった割に難しい本を読んだ彼の本がたくさん詰まった書棚も、なんだってまだこの部屋に残っている。
さらに言えば、彼と付き合っている間につくった前髪も、伸ばしっぱなしで放置している。
「そっちの方が似合ってるよ。」そう言って笑った彼のことが、私はあの時確かに一番好きだった。
彼は、どうだったか知らないけど。
冷蔵庫に入れてあった缶チューハイを一本手に取る。
ほんのり桃の味のする、少し甘めのこの缶チューハイ。
彼と付き合っている時、私はこればかり飲んでいた。
彼がいなくなってから、なぜかこれが飲めなくなった。
勝手に私の前にあるこれを飲んだ彼が、
「こんなの甘くて飲めねえよ。」
そう言って舌を少し出した彼が、
脳裏から離れなくて。
冷蔵庫にそっと戻した。
チューハイの結露した水滴が、手にべっとりとついていて、最早水滴に見えなかった。
その辺に置いてあった台布巾を使って、手を拭く。
拭いても拭いても、拭きたらない気がした。
拭いても拭いても、目の前の水は無くならなかった。
私はいつまで待ち続けるんだろう。
帰ってくるかも分からない彼の帰りを。
私はいつまで待ち続けたら、飽きたりるのだろう。
諦めるのだろう。
手のしもやけから血が滲んで、やっと気づいた。
冷たい水に手をかざして、手を洗った。
流れる血は一生止まらないのではないかと思った。
彼を想う私の気持ちにも、一生終わりはこないのだと思う。
恋が愛になり、それが執着になり、いつしか憎悪に変わるのだ。
例えそうなったとしても、私は満足だ。
彼が一生私の人生に纏わり付いてくれる。
こんな幸福なことはない。
まだ血のにじむ手のひらに、雑に絆創膏を貼り付けた。
今年もクリスマスが来る。
〈End〉