イマノソラニン
つい最近まで、3年前まで思ってた私の高校二年生のイメージは、世界の事をなんでも知ってて、そして多分きっと、何かを操っていて、それでも平然としている、無敵感のある女たちだった。
でも、最近この歳になって、分かったことがある。
それは、私たちは所詮17年しか生きてこなかった只のガキで、何か世界の裏を知ってるわけでもなく、何もなくても平然としていられなくて、周りには敵ばかりだった。


毎日決められた時間に電車に乗る。
たまに少し遅れたりする。
3年前の私は、今の私を見て、つまらないと思うだろうか、それとも、最高だと思う、或いは、最悪だと思うだろうか。
それは個人の取り方によるだろう。
でも3年前のことなんか忘れてしまった。
もう私はあの頃の私じゃない。


カーディガンの2つあるポケットに、右手と左手。
到着した電車の窓ガラスに映った、モノトーンの私は、よくいる女子高生そのものだ。
それでも、そんな似たり寄ったりな女子高生だって、一人一人考えてることは違うって、私は分かってる。
いつも数え切れないほどの女子高生と過ごしているのだ。
当たり前だろう。

左のポケットには、あいつに貰った缶バッチが2つ連なって刺してある。
右のポケットには、友達から誕生日プレゼントで貰ったバッチ。目玉焼きの形をしてる、ユニークで可愛いバッチ。
左の手に力を込める。
なんてことない陳腐なこの缶バッチに、私は何度助けられてきただろう。
緊張していたり不安だったり強かったりすると、左のポケットを握ってしまう癖は、いつの間にかついたものだ。
ここには居ない、どこで誰を想ってるかも分からないあいつを私の頭の中に呼び出すのには、一番手っ取り早い方法だと思っていた。

最初は私も、恋に恋しているだけだと思っていた。
恋をする女子高生を見ながら、バカみたいと6割、恋っていいなあと思うのが4割くらいの所詮チープな女の私らしい。
それが本物の恋だと気付いたのはいつだろう。
自分が羨ましがっていた恋が、こんなにも多くの苦しみを私に与えるものだなんて聞いてなかった。
幸せに笑える人なんて一握りで、他の人は皆泣いてる、そんな残酷な勝負が恋で、大人たちは皆それを何事もないようにしているのだと思うと、身の毛もよだつ思いだった。

同じような顔をして、同じような髪型をした同い年の男子を好きになる友達たちのことが分からなかった。
私には全部同じに見えるのに、彼女たちには一人一人の良さも悪さも分かっているみたいだった。
正直、どこがいいのかと、写真を見せられても、紹介されても思っていたけれど、いいとか悪いとかじゃないんだよな多分。
男子高生たちは、いつも曖昧に笑って私に頭を下げてくる。
彼女がお世話になってます、そう言って。
男子高生たちは、皆軽いのだ。
態度がとか、気持ちがとかじゃなくて、その存在自体が。
他人の金で暮らしている彼らが、他人の金で暮らしている私たちとお似合いなのは、普通のことだと、ふと腑に落ちた。
ふわふわした男子高生たちは、危うい女子高生に似合っている。

それなら私はどうすればいいのか。

自分で生計を立てながら、夢を追い続けるあいつを、輝いていると思った。
親に反抗してみたり、でも結局は親に従ってきた。
その代わり、親の金を使い、食い、買い、遊び。
親の金の範疇で、自由を貪ってきた私。
ただ自分の力でここまでのし上がってきたあいつを、眩しいと、ただ、ただ、儚いと、ただ、ただ、欲しいと思った。


あいつを知ってから、自分の生き方がわからなくなった。
私の周りには所詮、親の囲った畑の中で、ぶくぶくと肥やされた家畜のような同類しかいなくて、それを当たり前の事のように思っていた。
どんなに有り難いことなのかも、どんなに狭い価値観で生きてきたのかも、知らずに。

けれど、同時に諦めてもいた。
私にはこの生き方をするしかないのだと、思えた。
あいつを羨ましいと、妬ましいと、思ったとしても、結局私にはこの生き方しかできないんだと、妥協しているというより、そう思うことで、自分が只甘えてるだけなのだと思いたくなかった。


だからこそ、あいつを見る羨望の眼差し、あいつからの才能の光を感じる、私の拳には、強い力がこもっていたのだと思う。
迷ったり、悩んだりしても、あいつを思い出すようにした。
ヘラヘラと笑いながらも、自分を持っているあいつ。
「なんでもできるよ、大丈夫。」って、根拠のない嘘をついたあいつ。
ステージに上がると、人が変わるあいつ。
思い出せば、何か変わる気がした。
私の中で最強のあいつを思い出せば、何でだか、私も少し強くなれるような気がした。

大人びた顔をした私も、所詮は、男を生き甲斐にして生きる、ただのつまらない女。
今度いつ会えるかもわからない。
一緒にいても何考えているかもわからない。
そんな男を思い出して、日々笑っているような女。

根拠のない嘘をまともに信じる私も、
あいつをいつもキラキラした目で見つめる私も、
見て見ぬ振りをする私も、
いつもあいつを待っている私も、
悲しいことがあるたびにあいつの名前を呼ぶ私も、
私を何処かへ連れてってよって言えずにいる私も、
連れてってなんてくれないことに気づいている私も、
信じたくなんてなかった。
全部嫌いだった。

あの頃見てたみたいな、強い17歳の女でいたかった。
「好きだよ」と囁かれただけで、涙を流すような、陳腐な女にはなりたくなかった。
嘘だと分かっていても笑ってしまう女にはならない筈だった。



今日も満員電車に乗り込む。
左手で缶バッチをぎゅっと握る。
迷ったときにする、私の癖。

今日もあいつは此処には来ない。
分かっている。それでも待っている。

私は強くなりたい。
誰よりも強くなりたい。
誰かを羨望したり、妬んだりしないぐらい強くなりたい。
17年しか生きていなくても、17年も生きてきたから。
17年分をちゃんと強くなりたい。
誰かを思い出さなくても、一人で立てるぐらい強くなりたい。
誰かを好きになって弱くなんてなりたくない。



握りしめたカーディガンの左ポケット。
少し皺くちゃになって緩くなった。
強くなりたいと願う私は、
あと何度このポケットを強く握ったら、
理想の私になれるのだろう。


〈End〉
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