イマノソラニン

絶対また会おうね、って言って別れた私たちは、確かに手を握り合ってたけど、
私たちは特別な関係なんかではなかった。
貴方の隣には、貴方の特別が確かにいて、私は横にいられたことなんて一度もなかった。
この短期間に、私は心を隠すのが上手くなって、幸せそうに笑う貴方の前でニコニコできるくらいで、少し大人になったのかな、なんて勘違いできるほどだった。

貴方の特別になれないなんて、恋を始めた時から知っていた。
私は貴方に気持ちを伝えられるほど強くなかったし、第一貴方が私を好きになってくれる、なんて思わなかった。
案の定、貴方には可愛い彼女が出来た。

切なくて寂しくて虚しくて胸が苦しくなったけど、
泣くことはなかった。

元々別々の場所から集まった私たちが別れる時、貴方は泣いた。彼女も。
まるで青春群青劇の主人公みたいに。
こうして泣くことで、映画のヒロインみたいになることが、彼女の狙いだったんだろうな、と少しだけ思った。

その狙いは、やっぱり少しだけ合っていたんだろうな、と今でも思っている。もしかすると、だいぶ当たっていたんだろうな、とも。

遠距離恋愛になった貴方と彼女は、一回だけ会ったきり、別れた。

それを聞いた時、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかわからなかった。
とりあえず彼女の前では、悲しい顔をしたけど、
私は貴方が好きだったから。

私があの時したことは、
間違っていたんだろうな、と
思うけど、
今私があの時に戻っても、
同じ事をするだろうな、
とも思う。

「別れたって聞いたよ」
そう書いた文面に、
返信が来るまで、
そう時間はかからなかった。

最初は落ち着いていた貴方は、
次第に取り乱して、
私の好きだった貴方じゃなくなった。

意味がわからなくて痛いことを、
ただ私にぶつけた貴方。

彼女からは、
別れを切り出しても、いつも通り優しくて、きちんと受け入れてくれた。最後までカッコよかった。
と聞いていた。

こんなのってありなの?未練タラタラじゃん。
そう思った。

でも、私が悪かった。
そんなことわかってた。
だってあのとき声を掛けたのは、私の方だったから。


貴方は、私がいないと死んじゃうから、どこにも行くなって言った。

私は、ボロボロになった貴方を画面越しに見つめて、笑っていたんだと思う。

どんな形でも、貴方に欲されて、あの時私は特別な存在だったでしょ?
それが途方もなく嬉しかった。
だってずっと、そうなりたかったんだもん。貴方の特別、になりたかったんだもん。

私が貴方から離れて、貴方が死んじゃったら、わたしも後を追っていたかもね。冗談じゃなくてね。
勿論、貴方が本気で言ってるなんて思ってなかったけど。

どれだけ彼女が好きだって聞いたって、私は余裕でいられた。
その時私は貴方の特別だったから。

貴方の話がひとしきり終わると、もう明け方だった。
貴方と彼女が別れたことも、結局嬉しかったし、貴方がああして私を欲してくれたこともあって、私は幸せだった。

幸せだった、はずだった。

携帯を手放して、寝よう、と目を閉じれば、
貴方と彼女が、まだ付き合ったばかりの頃の映像が瞼の裏で再生された。

ああ、だめだ。

そう思ったその時には、もう遅かった。

涙が一粒ベッドに落ちて、格子柄のシーツに広がった。

泣きながら私は、なぜさっきまでの私はあんなに余裕があったんだろう、と思った。
元から余裕なんてなかったのに。
最初から最後まで、貴方は私の特別で、私は貴方の特別になんてなれてなかったのに。

そう思ったら、笑えてきて、泣きながら笑った。
なんだか壮大なドッキリに嵌められているんじゃないか、と思った。
まだ貴方と彼女は付き合っていて、今何処かで、あいつ引っかかったよ、って嘲笑ってるんじゃないか、って思った。

あの時、
好きな女に振られたからってどうも思ってない女に泣きつく貴方を、気持ち悪いと思った。
どうでもいい女に泣きつくくらいのダメージを貴方に与えた彼女を、羨ましい、妬ましいと思った。
たとえどうでもいいと分かっていても、縋られて悪い気はしなかった。

貴方を思って泣いたのか、
彼女を思って泣いたのか、
自分を嘲笑って泣いたのか、

私にはわからない。

あの日貴方が言ったほぼ全てのことを、私は一年ほど経った今でも理解できていない。
だって私は貴方にはなれないし、貴方は私にはなれないから。
だから、私が貴方を好きだったことも、ずっと貴方は知らないままだね。

ただ、貴方のことを大好きで大好きでしょうがなかった私がいたことと、
貴方を特別に思っていた私がいたことと、私を特別にしてくれなかった貴方がいることだけが、事実で、真実だった。


彼女は、あのあと3ヶ月もしないうちに、貴方と仲の良かったあの人と、付き合い始めました。
貴方はそれを知っていますか?
貴方はそれを知っていて、知らないふりをしているのですか?
私は付き合い始めた話を聞いて、いつもの通り何も言い返せませんでした。
少し悲しくて、でも受け止めきれないほどじゃなかった。
今貴方がこのことを知ってしまったら、私は貴方の話をまた聞きたいと思う。
貴方のこと、まだ好きとか、もう嫌いとか分からないけど、今、私はそういう気持ちでいます。それだけは、確かで。


〈End〉
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