たんぽぽ
数ヶ月前、車道と歩道の間に生えていた、まだ小さな私をこの場所に植え替えてくれた彼。
その時からずっと、ずっとあなただけを見ていた。
毎日水を分けてくれて、毎日話せるはずのない私に語りかけてくれたの。
「大好きなの、伝えたい……」
人間だったら良かったのになんて、我侭は言わないから。
ねぇ、もう少し。
もう少しだけ、私の傍にいて。
彼にかけられた水が、萎れた葉を伝って地面を濡らす。
好き、好きよ?
どうしようもないぐらい、あなたが好きなの。
「……お前泣いてるみたい」
「泣いてなんかないわ。泣いてるのは、あなたでしょう?」
言葉とは裏腹に萎んだ蕾が力なく項垂れた。
それを支えるように彼が手を伸ばす。
辛そうに眉をしかめて、彼は、泣いた。
その優しい手が大好きだから。
あなたの笑顔が大好きだから。
「俺さ、お前のこと大好きなんだ」
ねぇ、笑って?
ぽたっと零れ落ちた彼の涙が私の葉を濡らした。
「守れなくて、ごめん」
制服の袖で一度、涙を拭う彼。
「でも、次は絶対守るから。今度は俺の傍に生まれ変われよ」
次に、にっこり笑った彼のそれはいつもの偉そうな口調で。
たとえばそれが叶わなくても、
たとえばそれが罪だとしても、
せめて、
『ありがとう』と伝えたい。
その言葉だけで十分です、と。
今までの思い出だけで十分です、と。
もう何も望まないから、
大好きでした、と。
誰か、彼に。
伝えてください。
そんな祈りを込めて
最後の綿毛を風に託した。