【短編】七夕奇譚
「1F」
この病院は、三階建てのこぢんまりとした建物で、南北に長いつくりになっている。
結局ついてくる事に決めたらしいサキと共に、北側の階段を昇って一階に来た。
かすかに足跡が確認出来る水のあとは、更に南側階段の方へと続いている。
私たちは夜の長い廊下を再び歩きだした。
しばらくは二人とも黙って歩いていたが、真夜中に無くなった遺体を探す、という何とも気味悪い雰囲気に堪えかねてか、サキがポツポツと話し始めた。
「…………でも、田町さん、可哀想でしたね………。」
「………そうね……。」
「あんなに、七夕に天の川を見るのを楽しみにしてたのに…………。」
ここの看護師なら誰でも知っている話だ。
田町さんは、亡くなった旦那さんに、数十年前の七夕の日にプロポーズされたのだそうだ。
『俺だけの織姫になってくれないだろうか、ってね。
フフフ、今思い出しても、あの時のおじいさんの顔、必死だったわぁ……。』
その話をする時の田町さんの顔が、本当にまだ少女だった頃のように初々しくて、聞いている私たちまでもが幸せな気分になれたものだった。
それなのに、七夕の朝に亡くなるとは………………なんという運命の悪戯なんだろう!
『このお部屋から見える天の川も、とても素敵なんですよ〜〜?
今から楽しみですねぇ。』
そう言葉をかけてあげると、とても嬉しそうに微笑んでくれたのが、ひどく遠い昔のように思えてしまう。
(…………え…………?)
今自分が考えていた事に、何か嫌な違和感を感じてしまった。
…………お部屋から…………見える……………?
(………………まさか)
……いや、違う。
そんな事、あるわけない。
そんな事、あってはならない………絶対に……!
私は、嫌な思考を追い出すかのように、頭を強く振った。
「…………え?センパイ………?」
あぁ、そうだった。
私がしっかりしなきゃ、このコが不安になるんだ。
「……ううん。大丈夫。」
私はサキに少し微笑んで見せ、再び、長い廊下を歩きだした。
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