今宵、月が愛でる物語
「…葵。」

「…っ!」

彼のお気に入りのコロンの香りが漂ったかと思うとあっという間にその腕に後ろから包まれ一気に鼓動が早まる。

「お待たせ。」

「ち…千景さん。

いきなり来たらビックリ…っん!」

こめかみに吸い付くようにキスを施され、肩や腕をなぞる指先に過敏に反応してしまう。

「いきなりって…。もう終わるって言ったろ?

それよりなんでそんな顔してんだ?」

耳元に落とされる声は低く艶めいていて私の心にも身体にも媚薬のように刷り込まれる。

「そんなって…産まれてからずっとこの顔ですけど。」

心も身体も囚われてしまっていることを悟られないよう精一杯『普通』を演じて
その腕の中からひらりと離れる。


そうしていないと……、お見合いが成立したと社内で専らの噂の彼がいつ切り出してくるかしれない別れに耐えられないから。


「…葵。」


「何ですか~?社長サマ。」


私を離した指先はそのまま、その細さの割に逞しさを兼ねた腕とともに静かに降ろされた。


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